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「待たせて申し訳ないね」


 旋風卿は座っていた長椅子から立ち上がると、部屋に入ってきた男に一礼した。年齢にしてはすらりとした男だった。白髪が目立つ頭をしており、学者が好むような薄手の装飾のない深緑の短外套を着ている。男は短外套を肩から外すと執務机に腰を下ろした。


「姪御さんとの感動の対面はいかがでしたか?」


「座り給え。歌月かい? 本当に子供の時しか知らないからな、美人になっていてびっくりしたよ。あれはどちらに似ているんだろうね? 見かけは母親似だけど」


 旋風卿は、男の顔を見上げた。


「私はあなたしか知りませんからね。ただ貴方に似ていないこともないような気がしますが?」


「もし、私に似たのならあれにとっては不幸な話だ」


 男は旋風卿に向って苦笑いして見せた。


「師匠面して頼み事をするのは、これっきりにしてもらいたいものです」


 旋風卿はいかにも面倒という顔をして男に告げた。


「師弟の交わりは血より濃いというではないか?」


 男は少しおどけた表情をして旋風卿に告げた。


「単に、使われているだけだと思いますが?」


 旋風卿の表情は変わらない。


「君にしたって妹君の事を考えれば、まだ私の後ろ盾が必要なはずだよ」


「その後ろ盾というのも、あるのかないのかよく分かりませんね。今回は十人委員会に殺されかけました」


 そう言うと、旋風卿はやれやれというばかりに両手を上げて見せた。


「君にしては不用心だったね。こちらも油断していた。あれは本来は各国や有力者の利益代表だ。あれだけまとまって早く動くというのは私にも予想外だったよ」


 自分ではないと言いたいのですかね? 私は結社なんかいらないと思っている、貴方とある人の差し金だと思っていますけど。


「話を本題に戻そうか?」


 男の顔からおどけた表情が消える。


「あなたの読み通りです。ありましたよ。こちらです」


 旋風卿はそう言うと、上着の内衣嚢から黒い袱紗に包まれたものを長椅子の前の卓においた。『ゴト』という何やら重たいものが置かれた音があたりに響く。男は無言でそれを見つめている。


「それの元が何なのかは分かりませんが……」


 男は言葉を遮って旋風卿に語りかけた。


「本当にあったとはね。正直、半信半疑だったが……。アル、この二月の間に未確認とは言え、どれだけ新顔が現れたか知っているかね?」


「知りませんね。私達は旧街道で物見遊山させていただいてましたから」


 男は旋風卿の嫌味を一顧だにせず、先を続けた。


「3つだよ。百年で僅か数例が二月で3回も起きるなんてのはどんな馬鹿でも偶然とは思わない」


 男はそれを強調するみたいに旋風卿に指を三本立てて見せた。


「今の森は私や君が知っている森とは別物だよ。探索方なんかは大混乱だ。黒の帝国時代の研究書の切れ端がなかったら大変だったよ。禁書係も大忙しだ。もう閑職なんては呼べないな。おかげで最近そこに忍び込んだものもいることも分かった」


 そう言うと旋風卿の方をちらりと見た。


「そしてそれは今後も続くと思っている。大店組は赤字だよ。このままだと帳簿上は結社の表と裏がひっくり返る日もそう遠くはないな」


「古参組は大張り切りなのではないでしょうか?」


「その通りだ。狩猟本能の塊みたいなやつらだからな。それに歴史に名が残せる」


「だが、どうして奴の娘をここまで連れて来た?」


 男の口調が少しとがめるようなものに変わった。


「私と妹が生き残るための保険ですよ。今回はこの保険がとても役に立ってくれました」


 弟殿と一緒に始末するつもりだったのでしょうが、今回は残念でしたね。


「おかげで古参組の奴らがこちらでも大張り切りだ。十人委員会をまとめて首にするなんて面倒な事をしてくれたものだ。私も君の持ち込んだ面倒に十分巻き込まれているよ」


「結社の長とはそういう仕事なのではないですか? それにこれは、あなたの弟さんの依頼でもあります。月貞(げつじょう)結社長殿」


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