お使い
実苑は突然周りが闇に包まれて何も知覚できなくなったことに気が付いた。
さっきまで出発の準備をしていたはずだ。周りにいた隊商の一員の声も、馬の嘶きも、自分が持っていた綱の感触すらも感じられない。
『ああ、あの人が来たんだな』
ばれるとは思っていたが、まさかあの人が来るとは思っていなかった。つまり、あの子は助かったという事か。
「余計な事をしてくれましたね。あなたがそんなに親切な人だとは知りませんでした」
あの人の声が響く。
「私にも少しは人の心というものがあったという事ですかね?」
本当にもうないと思っていましたからね。自分でも驚いています。
「世迷いごとを……」
「正直、生きていてもこれといって張りがあるわけではないですからね。貴方のような有名人に殺されるのなら、それはそれでいいのかもしれません」
人は誰でもいつかは死ぬ。
「馬鹿な事を言わないで。私にとって月令様の言葉は絶対です。この件で誰も殺すなと言われれば、絶対に殺しません。例え貴方でもね」
尾鰭がついた話だと思っていたが、どうやらこの人に関する伝説は本当らしい。
「ですが、このまま許すわけにもいきません。貴方にはお使いに行ってもらいます」
「お使いですか?」
「そうです。『高の国』のマイン家までお使いにいってください。今回は特急料金も追加料金も無しです。頼みましたよ」
突然に視界が、手にした縄の感触が、馬の嘶く音が戻ってくる。内なる力でも、外なる力でもない、第三のマナの力。なんて恐ろしい力なんだ。縄を握る自分の手が震えているのが分かる。
「実苑様、大丈夫ですか? お顔の色が良くありませんけど……」
寧乃が心配して私に声をかけて来た。とりあえず命だけは助かったみたいだよ。寧乃が私の顔を不思議そうに見ている。君はまだ知らなくていい世界だ。
「寧乃、悪いが労務長と会計長を呼んできてくれないか? 行き先が変更になりそうだ」
「はい!」
寧乃が元気に答えて去っていく。出来る事ならこの子達が私達無しでも生きていけるようになるまでは生きていたいものだ。
白き竜よどうか我らを、あの子達を守り給え。
* * *
「やはり、先触れは実苑か?」
「ええ、そうね。確かめて来たわ」
「まさか、殺しては来なかっただろうね。あれにはまだ使い道があるんだ」
「多門君、人を馬鹿にしてはいけませんよ」
「おばさんは、怖いからね」
「あらあら、多門君には負けますよ。そのままにする気もないんでしょう?」




