目覚め
皆は救護室の寝台の上ですやすやと寝ている。
私はあのにやけ男が渡してくれた、固焼きの麺麭と水が入った壺入りの籠を抱えてそれを見ている。こうして見ると、あの旋風卿ですら少しだけかわいく見えてくるから不思議だ。
ここに運ばれる前、皆は木箱の中に引いた藁の中に彫像のように寝かされていた。まるで荷物そのものだ。なんてひどい扱いだろう。私は男の顔をもう一発殴ってやろうとしたが、その手は髪を短くそろえた背の高い女性によって阻まれた。
珍しい私と同じ赤毛の人だった。ただ彼女の髪は私と違って赤葡萄酒のような深い赤色だった。
「さっきは見逃しましたけど、今度室長をなぐるつもりなら私が相手です」
その人は私にそう告げた。美人だけど目が怖い。なんか歌月さんと似た雰囲気の人だった。私だって前は人を殴ったりする人間じゃなかったんですよ。多分周りの影響を受けたせいなんです。そう心の中で言い訳をして、もう一度殴るのはあきらめた。
ただ私が言いたかったことは伝わったらしく、穿岩卿が壁に穴をあけた騒ぎに集まってきた人達に指示してここに運んでくれた。
もう初冬といってもいい柔らかい日の光がみんなの顔を照らす。なんて静かで平和なんだろう。白蓮の瞼がぴくりと動いた。私はその顔を覗き込む。少し青みがかかった灰色の目が私を見つめた。
「おはよう白蓮」
「もしかして僕はもう死んだのかな? ふーちゃんがこんなに優しいなんて……」
君はいつでも一言多いんだ。
「やっと着いたよ。城砦に」
私はそう告げて、白蓮のおさまりの悪い灰色の髪をなでた。やっとやっと着けたね。
『ありがとう』
私は彼の頬に手をそえると、その唇に私の唇を重ねようとした。だが、何かが私が手にした籠を引っ張って、私は寝台から転げ落ちそうになった。誰だ邪魔者は? まあ、分かりますけどね。
「赤娘、はしゃぎすぎだ」
両手に麺麭を持った百夜が私にそう告げた。分かりました。お楽しみは後にします。それに今度は白蓮からすべきだよね。だってそうでしょう。告白は男性からするものだよね!
「お前達、起きろ。餌だぞ!」
百夜が傍若無人に、固焼きの麺麭でみんな頭をたたいていく。私と白蓮は声をあげて笑っていた。
「どなたですかね? 私の頭を叩くのは……」
旋風卿の不機嫌な声。
うん、これが私達の『組』だ。みんな、さっさと起きろ!
* * *
「実苑様、どうして先触れなんかを送ったんですか?」
寧乃が不思議そうな表情で私を見た。
「なんでだろうね?」
商人としては失格だね。でも元冒険者としてはあの健気さを無視はできなかったんだよ。
「私も商人としてはまだまだという事かな?」
寧乃がよく分からないという表情を見せた。きっと君ももう少し大きくなって色々と壁にぶつかった時に、その大事さが少しは分かると思う。
人の強さは腕力やマナの力だけじゃないんだ。




