表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/440

大泣き

 部屋の中に外からの明かりとそれに舞う大量の埃が見えた。


 私が括り付けられていた椅子は横倒しになっている。どういう訳か、あのにやけ面の男が私の体にかぶさっていた。彼の鳶色の頭にも革の上着にも大量の埃がついている。この男は私を殺したかったのではなかったのか?


「お嬢、あんたの仕業だな。こいつを連れてこなかったら見つけられなかったぞ」


 明かりの向こうから声がした。舞い上がっている埃の先に、父とさして年齢が変わらないと思われる男達が角灯を持って、空いた穴から部屋の中へと入ってきた。


穿岩(せんがん)卿!?」


 目の前の男がつぶやいた。


穿岩卿(お馬鹿)音響卿(おと)もいるのかい。どいつもこいつも余計な事を」


 この男がおばさんと呼んだ人の声が響く。


「あんた達も邪魔をするならまとめて始末するだけだ」


 緑香さんが力を使った時のような首筋がちりちりするような感覚がする。


「お嬢、俺たちと一戦交えるつもりなら、あんた宛ての月令の私信を読んでからにしろ」


 先頭に立っていた焦げ茶色の髪と髭を持つ、年齢にしては屈強な体を持った男が白い紙を女の元に投げた。


「長く城砦を離れていただろう。悪いが勝手にあんたの家にお邪魔して持って来た」


「だまされるものか!これだってあの小娘の仕業に違いないんだ」


 その白い紙に目を走らせた女性が叫んだ。背中がチリチリとする感じがより強くなる。


「お嬢。どうしたんだ? ちょっとの間、森に潜らなくなったら、その手紙が月令が書いたものかどうかも分からなくなるのか?」


「だまされないよ!」


「おい、お嬢。いい加減にしろよ。師匠が、月令があの世で泣いているぞ!」


 女性の顔色が変わった。


「月令様は、月令様は……こんなにあっさり死んだりしない!あの方はあんた達なんか足元にも及ばない、誰よりも強い人なんだ。あの方は……、あの方は……竜すら狩れる人なんだ!」


「あ……ああ……あーーーーーーん」


 彼女は顔を覆うと大声で泣き出した。まるで子供が母親に泣くように誰はばかることなく大声で泣いている。短髪の若い子がその肩をそっと抱きしめた。


 私に覆いかぶさっていた男が立ち上がった。


「おっさん達、なにうちの者を泣かしてくれてんですか? 本気で怒りますよ」


 その横顔には最初に見た時のにやけた感じは微塵も感じられない。


「多門か? 邪魔して悪かったな」


「寝ぼけているんですか? 謝る相手が違うでしょうが」


「お前は本当にうるさい奴だな。泣き止んだら謝ってやる。ああなったお嬢は誰の手にも負えないのは知っているだろうが?」


「謝ってやるじゃないでしょう? きっちりと本人に謝ってください」


 この男は根は悪い奴じゃないのかもしれない。だけど私の組に手を出したことは決して許さない。許せるはずがない。


「それより多門、その椅子に括り付けられて床に転がされているのは山さんの娘じゃないだろうな?」


「だったらどうなんです?」


「多門、お前だって森に潜ったことがある人間だ。すべての規則とやらが紙に書かれたものだけじゃないのは知っているよな? 森で……」


「『森で受けた恩は忘れることなかれ』ですか?」


「そうだ。それに比べたら紙に書かれた規則なんてものは塵みたいなものだ。いや規則なんてもんじゃない。駆け出しを除けば誰もがよく分かっている。すべての冒険者が守るべき掟だ。それを守る邪魔はするな」


「私は駆け出しなんでね。さっぱり理解できません」


「お前が大好きな規則とやらにも準じてるぞ。その目を良く開けてみろ。選挙人15名の署名だ。これでお前の裁定官としての、十人委員会からの指令の差し止めを請求する」


「首って事ですか? 規則は規則です。私はそれに従います」


「それと後でお前にお使いを頼みたい。地下にこもっているあの根暗どもに言ってこい『お前たちは首だってな』」


「十人委員会を全員首にするって、本気で言ってるんですか?」


「こんなことを冗談で言う奴がいるか。選挙人の総意という奴だ。月令を無視した挙句に、山さんの娘に手を掛けようなんて連中なんかに居場所などあるか!早耳が選挙人を回って署名を集めている。選挙人がいるほとんどの組はあの人の世話になっている。嫌という奴なんか誰もいないさ。今日中にも百は優に超える」


「早耳が言ってきたよ。森は帰還の狼煙でいっぱいだそうだ。今日の帰り道はやたらと混みそうだね。事務方はおお忙しさ」


 背が低くて耳が大きい子供? いや大人だ。蓄えた白い髭を指先でもてあそんでいる。


「そんなことより多門!!おまえそのお嬢さんの縄をさっさとほどけ。どつかれたいのか?」


 偽物ですけどね。みんなを助けるためならいくらでも本物の振りをします。男が私の足と手の革ひもをほどいた。私がすることはただ一つだ。


「おい、何を!」


 私に殴り飛ばされた男が驚いて私を見た。


「みんなに何かあったら、こんなもんじゃすまない。あんたを殺してやる」


「やっぱり山さんの娘は山さんの娘だね」


 小人のような男が私にそう告げると片目をつぶって見せた。偽物ですけどね。今だけは本物という事にしてください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ