裁定官
かわいそうに。
最初に目を覚ましそうなのがこの娘だとは。出来る事なら嫌味男とかを先に締め上げて、裏に何があったのかも含めて確認してから、この子の番にしてやりたかったが仕方がない。そうすれば命くらいは救ってやれたかもしれない。運命だと思ってあきらめてくれ。
瞼が動いているのを確認して、その頬を持っていた書類で軽く叩いてやる。赤毛の子はゆっくりと目をあけた。悲鳴でもあげて泣き叫ばれると鬱陶しいが、手順上、口をふさぐわけにもいかない。
「起きたか?」
赤毛の娘は特に騒ぐこともなく、こちらを一瞥しただけであたりに視線を這わせている。まだ夢の続きだとでも思っているのだろうか?
「私は君の裁定官の多門というものだ。君の罪の有無を確認し、規則に基づき罰を決めるものだ」
娘はこちらには全く興味がないのか、それとも途方に暮れているのか、自分が椅子に革ひもで括り付けられていることを確認している。ただの町娘という話にしては落ち着いている。こちらとしても泣いたり叫んだりしないでくれるのは助かる話だ。
「本来ならもっと先に裁きたいやつらが居るのだが、あの小娘の不手際で君が一番先になった。恨むならあの小娘を恨んでくれ」
背後の事務机で書記役をやらせている小娘を指さして見せた。こいつのせいで本来の順序が逆になっているんだ。その点についてはこちらの落ち度だ。だが赤毛の子はなんの反応も示さない。もうあきらめているのか?
「私のせいじゃありません。室長のせいです」
小娘、お前は黙っていろ。俺はさっきお前にそう言ったよな?
「追憶の森の結社の新入だね。運が悪かったな。彼氏が彼女を結社に引き込んだって感じか?」
書類を見る限りは結社に入りたてだ。それも復興領での騒乱がはじまったときとほぼ同じだ。保証人の先頭にはあの駆け出しの男の名前がある。結社に入って一の街を逃げ出す算段でもしたか? 頭の悪い奴らだ。方法としては下の下だ。門番に取り入るとかもっと他に手があるだろうに。
男を見る目が無かったな。あんたも美空と同類か?
「だが、どうして奴とその妹が君の保証人になっているんだ?」
これがどうにも理解できない。しかも関門までやつらと仲良く一緒に来ている。追憶の森の結社の監督官が同行しているから、一緒に来たのはそいつの御情けという事も考えられるが、なんであの嫌味男が保証人を引き受けているのだ? しかも、あの妹もだ。
「奴の気まぐれか? それとも何かで取り入ったか?」
奴の女の趣味か? あの妹をいつも見てるとこういういかにも町娘みたいな子が好みにでもなるのか?ありえない話だ。それにそれならあの駆け出しの小僧はいらないはずだ。
「君に聞いているんだけどな? 一応、僕は君の裁定官でね。事実の確認という奴が必要なのさ」
こいつだけははっきりさせておかないといけない。あの嫌味男の裏取りに必要だ。
「うるさい」
この娘なんて言った? お前は助かりたくないのか? 手籠めにされて無理やり連れてこられましたとか? 何も知りませんとか言う事は無いのか?
「何も申し開きをしなかったら、君の不利になるだけだよ」
「うるさい」
こいつ本当にただの町娘か? その目にはおびえの色は全く見えない。なんだこの目は? どこかで見たことがある目だ。
「室長、若い娘だと思って甘すぎですよ」
「小娘、お前は少しだまっていろ」
邪魔をするな。俺は今、何かを思い出そうとしているんだ。ただの町娘だと思ってなめていたことは謝まろう。俺が悪かった。最初から正しい手順を踏むべきだった。
「追憶の森の結社の冒険者、風華殿。君の『崩れ』への関与について聞いているんだ。まじめに答えてくれないかな? 崩れをおこしたやつはみんな吊るすことになっているんだ。それは知っていたかね?」
「多門君、多門君。この子は何も分かってないと思うの。ささっと宣告して次にいきましょう」
おばさん、うるさいぞ。
「おばさんも黙っていてくれないか? せめてなんで死ぬのかくらいの説明をしてやる義理はあるだろう?」
この子にはきちんと手順をふんでやる必要がある。
「どうしてのこのこ城砦まで来たんだ。せっかくこの小娘がどじ踏んで逃げられたのに? 彼氏と逃げればよかったじゃないか? あんたのような小娘がここで何かできるとでも思ったか?」
お嬢さん、俺に答えを教えてくれないか?
「出来る出来ないじゃない。やるんだ。私は私の組のみんなを救うんだ!」
分かったよ美空。この子の目はお前の目と同じなんだ。見かけじゃない。その辺を歩いているもどき共とは違う。この子の中身は間違いなく本物の冒険者なんだな。
「おい、おい」
俺は、小娘の方をふり返った。お前は絶対に何か見落としている。
「小娘。この娘は本当にただの町娘か?」
小娘がめんどくさそうに書類をめくる。お前何も分かっていないな。同じ目に会った時にお前はこの子と同じ台詞が言えるのか?
「そうです。追加の報告でも何も変わりはなしです。一の街の八百屋の娘です」
「一の街の八百屋の娘?」
一の街にどれだけ八百屋があるかは分からない。どれだけあろうが間違いない。この娘はあの男の娘だ。
「おい、小娘なんでその情報を俺に言わなかった?」
一番大事な情報だぞ!
「え、何屋でも特に関係ないじゃないですか? 何もないですよ」
だからお前を森には絶対に行かせられないんだ。
「あら、あら、あーちゃんさすがね、私的にはあーちゃんの大金星という感じかしら? それ先に漏れていたらきっと邪魔がはいったかもね。多門君。ささっと次に行きましょう。いまさら手遅れよ」
冥暗卿、あんたはこのことを知っていたんだな。
「お姉さま、とってもご機嫌ですね?」
小娘が不思議そうな表情をする。これ以上無駄口を叩くな。お前はまだ大人の怖さという奴をぜんぜん分かっていない。知らなくて済む方がお前にとっては幸せだ。
「当たり前ですよ。やっと殺せるんですもの。多門君、今度は邪魔は無しよ」
何があろうがあの兄妹を殺すつもりなんだな。やっぱりあんたは苦手だ。俺と似すぎだよ。今度邪魔すればあんたは俺も殺すだろ?
冥暗卿に何かを言ってやろうとした瞬間だった。何かが奥の壁を吹き飛ばした。俺は目の前の赤毛の娘の前に体を投げ出す。そして一緒に背後の壁へと吹き飛ばされた。




