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被告人

 空を流れていく雲が早い。


 明日は天気が悪くなりそうだ。店に来るお客も少なくなりそうだし、葉物は今日中に売ってしまった方がいいかもしれない。私は棚出ししていた白蓮に声をかけた。


「葉物を前において」


 革の前掛けをした白蓮が私に分かったと手を振る。君もだいぶ八百屋が板についてきたね。晴れているうちに全部売切れるといいな。


「ほぎゃぁ、ほぎゃあ」


 背後で赤ん坊の泣き声がする。


「はい、はい、ちょっとだけ待っていてね」


 私は店の奥にあるゆりかごに向かった。深緑の髪をした赤ん坊が私に向かって手を伸ばす。赤ん坊が目を開けた。新緑色の目の中に私が写っていた。


 あれ、私の髪って緑色だった?


 何かが私の頬をはたく。誰? 私はこれから赤ちゃんにお乳をあげなくちゃいけないの。


「起きたか?」


 ここはどこだろう? 目の前には鳶色の髪と鳶色の目をした、にやけた顔の男が私の顔を覗き込んでいる。冒険者なんだろうか? 見た目には私塾の教師のようにしか見えない男だ。


「私は君の裁定官の多門というものだ。君の罪の有無を確認し、規則に基づき罰を決めるものだ」


 辺りに視線をやると、窓のないそれほど広くない部屋だ。領主館で閉じ込めれた尋問室みたいなところだろうか? 男の手に持つ油灯の先に事務机がおいてある。その先にも人が座っているようだが暗くて良く見えない。


 立ち上がろうとしたが、椅子のひじ掛けと足に手足が括り付けられているらしく、立ち上がることも動くこともできなかった。


「本来ならもっと先に裁きたいやつらが居るのだが、あの小娘の不手際で君が一番先になった。恨むならあの小娘を恨んでくれ」


 にやけた男が私にそう告げた。


「私のせいじゃありません。室長のせいです」


 事務机の向こうから若い女性の声が響いた。


「追憶の森の結社の新入だね。運が悪かったな。彼氏が彼女を結社に引き込んだって感じか?」


 男が書類をめくりながら勝手にしゃべっている。


「だが、どうして奴とその妹が君の保証人になっているんだ?」


 男が首をかしげた。


「奴の気まぐれか? それとも何かで取り入ったか?」


 男が書類を指さしながら私の顔の前に持って来た。


「君に聞いているんだけどな? 一応、私は君の裁定官でね。事実の確認という奴が必要なのさ」


 裁定官? 何が事実だ。最初からこちらを捕まえるつもりだったのでしょう?


「うるさい」


「何も申し開きをしなかったら、君の不利になるだけだよ」


 ただでさえ頭が痛くてくらくらするというのに、本当にうるさい男だ。


「うるさい」


「室長、若い娘だと思って甘すぎですよ」


 再び若い女性の声。


「小娘、お前は少しだまっていろ」


「追憶の森の結社の冒険者、風華殿。君の『崩れ』への関与について聞いているんだ。まじめに答えてくれないかな? 崩れをおこしたやつはみんな吊るすことになっているんだ。それは知っていたかね?」


 男は背後にあった机に座ると私に向かってそう告げた。 


「多門君、多門君。この子は何も分かってないと思うの。ささっと宣告して次にいきましょう」


「おばさんも黙っていてくれないか? せめてなんで死ぬのかくらいの説明をしてやる義理はあるだろう?」


 何が義理だ。ばかばかしい。あんたはそこにいたのか? 見て来たのか? 私達が生き残るためにどれだけの努力をしてきたのか知っているのか?


「どうしてのこのこ城砦まで来たんだ。せっかくこの小娘がどじ踏んで逃げられたのに? 彼氏と逃げればよかったじゃないか? あんたのような小娘がここで何かできるとでも思ったか?」


 逃げる? 馬鹿にするんじゃない。私の中で何かがはじけた。


「出来る出来ないじゃない。やるんだ。私は私の組のみんなを救うんだ!」


 私は手を足を動かした。革の紐でしばられた手足の皮膚に痛みが走ったがしったことじゃない。例えそれしかできなくても、私にできることが何かあるのならそれをするんだ。椅子を倒せばその衝撃で少しは緩むかもしれない。椅子が壊れて自由になるかもしれない。


「おい、おい」


 私を見つめる男の顔からにやけた表情が消えた。男は私が椅子をひっくり返すのを阻止するためか、肘掛にその足を下して椅子の動きを止めた。


 ごめんなさいみんな。私は本当に役立たずだ。みんなを『なんて疑り深い人達』なんて思っていた大馬鹿者です。


「小娘。この娘は本当にただの町娘か?」


「そうです。追加の報告でも何も変わりはなしです。一の街の八百屋の娘です」


「一の街の八百屋の娘?」


 男の手から書類が落ちた。


「おい小娘。何でその情報を俺に言わなかった?」


「え、何屋でも特に関係ないじゃないですか? 何もないですよ」


「あら、あら、あーちゃんさすがね、私的にはあーちゃんの大金星という感じかしら? それ先に漏れていたらきっと邪魔がはいったかもね。多門君。ささっと次に行きましょう。いまさら手遅れよ」


「お姉さま、とってもご機嫌ですね?」


「当たり前ですよ。やっと殺せるんですもの。多門君、今度は邪魔は無しよ」


 ならば私を先に殺せ。私は死んであんた達を呪い殺してやる!白蓮をみんなを守るんだ!


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