緑の三日月
私達は三春さんが呼んでくれた馬車に乗って南地区を目指していた。
白蓮は外を見たいと言って御者台に乗っている。分かっているのか白蓮、私達はお尋ね者なんだぞ。でもきっと覚えた地図と実際の道を照らし合わせて確認したいと思っているのだろう。今の私達に欠けている知識だ。なので馬車の中には私と三春さんの二人だけが乗っている。
辺りは関門の向こう側に落ちていく夕日が高い塔の上を赤く照らす時間になっていた。馬車は石畳の上を四つ角でたまに止まりながらガタゴトと走っていく。
「白亜さんとは?」
三春さんがだんだん油灯が灯っていく街を何気なく見ていた私に声をかけて来た。やっぱりこの方も三日月通りの奥様方と同じですね。でも一杯お世話になっていますから、お話ししますよ。
「父が連れてきて家にいた居候です。父は少し前に亡くなってしまいましたけど、そのまま居座ってしまいました」
「一緒に住んでいたんですね」
三春さんがくすりと笑う。三春さんも世恋さんと一緒ですか? 絶対誤解していますよね?
「一緒と言っても、彼が住んでいたのは三階の元は鳥小屋だったところで、私の部屋とはつながっていません。本当の居候です」
「あらあら、ちゃんと結婚とかはしてないの?」
だから居候だって言っているじゃないですか? 三春さん、何を聞いていたんですか?
「結婚なんて、今は無理だと思います」
あの記憶がない男とはちょっと考えます。それに最近、口から出まかせ疑惑がありますし……。
「そうですね。辺境伯領は大変だという話ですしね」
もっと際どい話になる前に切り返しておかねば。
「三春さんは、お子さんとかはいらっしゃらないのですか?」
三春さんは、一瞬だけ寂しげな表情を浮かべた。
「一杯育てましたが、小さいうちにほとんど亡くなってしまいました」
ごめんなさい。自分の都合ばかり考えて気遣いが足りていませんでした。
「残ったのはやんちゃな男の子一人だけです。きっと可愛いすぎて、神様がみんな連れて行ってしまったんでしょうね」
彼女の瞳につきはじめた辻の油灯が写る。この優しそうな人に、神様はどれだけの意地悪をしたんだろうか?
「赤音さん、男の人はちゃんと良く見て選んだ方がいいですよ。特に結婚する相手はね」
三春さんは私の方を見てほほ笑むとそう告げた。やっぱり、詐欺師疑惑のある男は止めておいた方がいいですか?
「着きましたよ。この通りのはずですけど……」
三春さんが馬車の天井を叩いて、ゆっくり進むように合図した。回りはもうだいぶ暗くなっていて、建物の間から遠くに見える雲が赤い色をかすかに残している。少し寂し気な裏通りで喧騒の気配は全くない。
「酒場らしいものは見当たりませんね」
三春さんが両側の建物を見ながら首をひねった。でも私には分かる。ここにその酒場があることが。今は涙に少しぼやけているけど、一の街、三日月通りの看板と全く同じ絵を描いた看板が通りを抜ける風に揺れていた。
なんて馬鹿な人なんだろう。こんな看板じゃ誰も酒場って分からないよね!




