発見
私達は弥勒先生の好意に甘えて診療所で休ませてもらう事にした。
薬が効いているのか百夜ちゃんは良く寝ている。私達も長椅子の上で休ませてもらった。二人とも寝たふりをしていたが、一応交代で不寝番をしている。昨夜はほとんど寝ていないから、不寝番の時はものすごく辛かったが、同じ過ちをするわけにはいかない。
でもほとんどの時間は、白蓮が不寝番をしてくれていたのだと思う。おかげで私の体の疲れは大分取れた。でも心の傷はまだうずく。でもこれをどこかにやってしまったら、また私は同じことを繰り返すだろう。
隣の部屋では弥勒先生の謎の叫び、「これじゃない」とか、「なんであれもってこなかったんだ!」とかいう声が響いていた。時折何かが大量に床に崩れ落ちる音もしていたけど大丈夫だろうか?
三春さんがおいて行ってくれた白麺麭とお茶を頂いて、午後もそこで休ませてもらっていた。弥勒先生が部屋から出てくる気配は全くない。お手洗いはどこかな? 勝手に行ってもいいのだろうか? さすがにそれは気が引けたので、
「先生、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」
と扉のところで聞いてみたのだが、
「ちょっと手が離せないので、適当に探してもらっていいですか?」
という答えが返ってきたので、適当に探してお借りした。
三春さん住み込みらしいけど、この先生の相手は大変だろうな。彼女は百夜ちゃんのごちそうの為にお買い物にお出かけ中だ。白蓮は、部屋に貼ってあったこの街の地図を必死に頭のなかに入れているみたいだった。
この街の道、と呼んでいいものだろうか? 本当に迷路のような作りというか、何も考えずに適当に広げていった感が満載だった。私はとてもこの街では生きてはいけない。旋風卿はよく結社まで迷わずに行けたものだ。
一応地図によれば、私達は北側よりの街道からの入り口に近い所にいるらしい。西側の壁に近いところは、倉庫だったり役所っぽい何かが集まっていて、南側が蟻の巣のように一番入り組んだ下町になっている。結社の出先は、この街の一番大きな広場に近い大通りに面した所にあった。
3人はどうしているだろう。ひどい目にあっていないといいけど。まだ生きていますよね。そう簡単に死ぬような人達じゃないですよね。
「あれ、先生はまだこもっているんですか?」
買い物から三春さんがやっと帰ってきた。手にしたかごには、果物やら野菜やら、お肉などが一杯入っている。お休みのところ本当にすみません。
「はい、まだこもっていらっしゃいます」
「もう、しょうがないですね。ああなったら患者さんすら目に入らなくなりますからね。腕はとてもいいんですけど」
三春さんが申し訳なさそうに私達に告げた。いえいえ、迷惑をかけているのはこちらなので気にしないでください。三春さんは弥勒先生がこもっている扉の前に立つと、思いっきりその扉を叩き始めた。
「先生、先生!!いい加減一度出てきてください。『緑の三日月』が、どこか分かりましたよ」
「え!分かったんですか!」
私は思わず叫んでしまった。どれほど感謝しても感謝しきれません。
「今、出て行きますから、そんなに叩かないでください。やっと落ちた文献を棚に戻したところなんですから……」
弥勒先生が扉から顔をだす。黒い服にはどうも埃らしい灰色の跡が一杯ついていた。
「で、何の用でしたっけ?」
この人はきっと、こういうところが残念な人なんですね。
「『緑の三日月』ですよ」
「ああ、酒場ですね。よく分かりましたね」
「はい、光山さんのところの卸先の卸先にその名前があるそうです。あの旦那さん、店の者も使って意外と真剣に探してくれましたよ」
「僕が手紙で奥さんにばらすと書いておいたからね。それは真剣にもなるさ。それかあの旦那、三春さんに気があるのかもしれないね」
先生、患者の秘密がどうのこうのって言ってましたよね?
「まあ先生、冗談はそれぐらいにしてください」
いや、三春さんぜんぜんいけると思います。ちょっとふくよか好きの男は世の中たくさん居ますよきっと。
「で、場所はどこですか?」
「それが南地区のこの辺りだそうです」
三春さんが地図の下の方を指差した。うわ、一番ややこしいところだ。
「ここからは、だいぶありますね。もうすぐ暗くなるから、馬車を呼んだ方がいいかな。だれかこの辺りに詳しい人でもつけないとたどり着けそうにないね」
「私が行きましょう?」
「三春さんが?」
弥勒先生と私の声が重なった。
「はい、先生お忘れですか? 私はもともと南地区の住人ですよ」
三春さんが私達を見てにっこり微笑んだ。
「そうでしたね。三春さんが行ってくれれば安心ですね。僕は何をしているんだ。文献より実物だろうが……。この子のごちそうとやらは、私が作っておきますから、三春さんはこの子達についてやってください」
「先生、大丈夫ですか?」
私も心配です。
「僕だって長く一人暮らしをしてきたんだよ。安心したまえ」
先生、長く一人暮らしをしていた男の方で、本当に料理が上手な方を私は見たことが無いのですが、本当に大丈夫でしょうか? まずかったらきっと百夜暴れますよ。
「それに君たちがいると、模写するときに落ち着かない。出かけていてもらった方がありがたいね」
百夜ちゃん大丈夫だろうか? 模写とか言って実は解剖されたりとかしませんよね?
「では先生にお願いします」
三春さんは、買い物かごを弥勒先生の前に下した。
「鳥はさばきたてで臭みはないと思いますが、それでも香草を詰めるのを忘れないでくださいね」
「うん、熱は下がったみたいだね。では料理に取り掛かろう」
弥勒先生は寝台の上で寝ている百夜ちゃんの額に手をやると、買い物かごをもって奥へと引っ込んでいった。私も、百夜ちゃんの額に手をやってみた。確かに朝にあった燃えるような熱さは今は無い。だが、彼女を一人でおいていけるだろうか? 不意に百夜ちゃんが左目を開けて私を見た。
「赤娘、白男と行ってこい。われは大丈夫だ。お前が行かないとつまらない」
気をつかっているつもりなの?
「ごちそうは全て我がいただく」
君は幼いのか、幼くないのか、本当によく分からない子だね。うん、わかったよ百夜。行ってくる。私は白蓮に向かって頷いた。




