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怪しげ

 白蓮が探し当てたそこは、裏通りからさらに通路に入ったことろにある細長い建物で、いかにも()()()なところだった。一の街では倉庫街の裏手にあるとかないとか肉屋の娘が言っていたところだ。


 入り口の横に小さく唇に指を当てた薄汚れた木の看板がかかっている。辺りに人影はない。すでに薄暗くなっている時間だが、まだ日はあるのに、ここは夜の帳がすでに落ちたかのように暗い。奥は倉庫街の裏手にでもつながっているのだろうか? 同じような建物が続いていた。


 もっとも私にはあまり辺りを見ている余裕はない。いざという時の為に、あの小さな食堂のあった市場からここまでの道筋を頭の中で反芻するので精いっぱいだ。


 白蓮の背に担がれた白夜ちゃんは熟睡している。今日の昼間逃げ回っていた時に無理をさせたから、その疲れがあるのだろう。今はゆっくり休んで欲しい。


 白蓮が躊躇なく目立たない扉を開けて中に入った。私も後に続く。右手に小さな帳場があり、でっぷりと太っているが、腕っぷしは強そうな男が油灯の向こうに座っていた。


「時間は?」


 男が白蓮に聞く。白蓮は帳場まで歩いていくと、男の傍に屈みこんで何やら耳打ちした。男が私の方を一瞥してにやりと笑う。鳥肌がたつような気持が悪い笑いだ。白蓮は一体この気持ち悪い男に何を言ったんだろう。後でとっちめて問いたださなくては。


 私の気持ち悪さを怯えととったのか、男はさらににやけた表情をした。彼は白蓮から金を受け取ると交換に鍵だろうか、小さな木の板のような者を渡した。男が白蓮に帳場の奥にある階段を指示する。


 白蓮がこちらを向いて目配せし、私は白蓮に続いてその階段へと向かう。私は廊下を進み、階段を昇る間中ずっと、男の粘りつくような視線を背後に感じた。気持ち悪い事この上ない。二階に上がると油灯に照らされた薄暗い廊下の両側に、同じ扉がいくつか並んでいた。


 湿気とかすかにただようすえた黴の匂い。階段自体はまだ上があるらしい。いくつかの部屋からは、何かがきしむ音がして人の気配があった。


 白蓮が薄暗い明かりの中で、部屋の番号を見て進んでいく。どうも私達の部屋は一番奥らしい。通り過ぎていく部屋の一つから女性の怪しげな声があがっていた。


 もう勘弁して欲しい。耳の後ろが熱くなる。白蓮が一番奥の扉の横に木の板を差し込むと、何かが外れるかたりという音がした。白蓮が扉を引くと、私は廊下にひびく声から逃げるように部屋の中に転がり込んだ。


 白蓮が火打ちで、部屋の入り口の横の明かり立ての上に置かれた油灯に火をつけて、背後の扉を閉めた。思わずため息が口から洩れる。ありがたいことに廊下に響いていた声が、少しは低くなった。


 白蓮が背中の百夜ちゃんを寝台におろした。相変わらず良く寝ている。ちょっと大人な所なのでこのまま朝まで目を覚ますことなく寝ていてほしい。何か聞かれたりしたら本当に困る。


 見渡すと、油灯に照らされた部屋はすごく殺風景なところだった。手前に油灯の台、右手に少し大きめの寝台。寝台の横にはもう一つ油灯が火打ちと共に台の上に置かれてあり、白いつぼに器が二つ置かれていた。


 左手の壁に簡素な衣服かけがあり、その下には二つの籠がある。籠には布がそれぞれ一つづつかかっていた。奥には扉があって、半開きの扉の向こうにはなにやら洗い場らしきものが見える。油紙を引いて冷たく硬い地面に寝てた身としては、寝台があるだけ素晴らしいと思わないといけないか……。


 白蓮は相変わらずの用心深さで小刀を手に、扉のところに耳をあてて外を伺っている。それとも君も()ですからね、廊下に響く声が気になりますか?


 白蓮はそのまま足音を立てずに、洗い場と両側の壁や油灯の陰になるところを調べ始めた。前はこんなことをする人だっただろうか? きっと旋風卿といる間に用心深さに目覚めて、それに磨きがかかったんだろうな。


「扉は廊下側への引き戸か、鍵はあるけどそれ以外はこちらから塞ぐ手段はなさそうだね。さすがにこの寝台を入り口にもってはいけないな。入り口が防げなくて、逃げ道がないのはちょっと厳しいな」


 部屋を見て回った白蓮が誰に語るでなくつぶやいた。


「ふーちゃん、奥の洗い場の桶に水がはってあったから、僕がここで見張っているうちに、それで先に体を洗った方がいいと思う」


 お前、何を期待している!?


「ふーちゃんが一息ついたら、僕は外にでかけるよ。一応、僕が一人で出かけるための芝居は打っておいた」


 どんな芝居を打ったのか気になるところだが、「緑の三日月」を探す件は忘れてないみたいだね。そうです、私達には時間がないんです。


「それと疲れているだろうけど、僕が戻るまでは起きていて欲しい。それに大外套も着たままの方がいいかも、いつ何時逃げ出すかわからないしね」


 そうだね。汗は流させてもらうとしよう。冷たい水で眠気をさまさないといけない。それにまたいつ隠れることになるか分からないし、匂いでばれるなんてのは乙女にあってはいけません。


 ただし、のぞいたりしたら、今度こそお前の命はない。

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