待ち人
通用口の呼び鈴を鳴らすと、中から事務員らしい若い男が扉を開けた。旋風卿は若い男を押しのけて建物の中へと進んだ。それに続いて世恋、歌月も中に入る。入り口の上にある明かり窓からの明かりが床とその間に飛び交う埃を白く光らせていた。
外の明かりに慣れた目にはまだよく分からないが、奥の暗がりに数人の組と思われる男達と右手の受付に手持無沙汰らしい事務員が数名ほど座っている。冴えない結社の一番暇な時間の風景そのものだ。
旋風卿に押しのけられた事務員が、彼らの前に進み出て、
「どちら様……」
と声を発したところで動きが止まった。その目は、旋風卿の右手に立つ世恋の顔にくぎ付けになっている。事務員に向かって世恋がにっこりとほほ笑んだ。
「『城砦』所属の冒険者で世恋と申します」
鈴のような声が結社の広間に響くと、受付に座っていた事務員や奥に座っていた男たちが一斉に彼女の方を振り返った。世恋は結社の中をぐるりと見渡すと、まるで劇中の登場人物を紹介するような芝居がかった調子で右に立大男を紹介する。
「こちらは、兄のアル・マインです。『旋風卿』という名前の方が通りがいいかと思います」
「旋風卿!」
事務員の裏返った声が結社の広間に響き渡った。
「これは大変失礼致しました。どうぞ、こちらへおかけください」
事務員が、受付の前の皮張りの長椅子の方へと手をやった。
「ただ今、支部長を呼んでまいります」
彼は慇懃にお辞儀をすると受付の方へと去っていった。旋風卿は広間に居た全員の注目がこちらに集まっているのを確認しながら、ゆっくりと長椅子へと向かった。特におかしなところはない。まずはここから城砦に先触れを飛ばす手続きをしないといけない。あとあの子達のお昼も必要か。
「お兄様……」
背後に続いていた世恋の言葉が途中で途切れた。世恋と歌月の二人の体が首に手をやったまま崩れ落ちていく。旋風卿は背中にもっていた隠し槍を取り出そうとして背中に手を回そうとした。その手の甲に小さな黒い何かが刺さっている。気配も何もなかったはずだ。
「『待ち人来たる』、今日の俺のご神託だ。いったいいつぶりだ旋風卿?」
にやけた顔の男が床に倒れて天井を見上げている旋風卿の顔を覗き込んだ。一体いつ現れた? 唯一自由になる視線を動かすと、弩弓をもった男たちに囲れている。
「さすがあーちゃん。私の指示だけで正確に当てるなんて天才ね」
「任してください。室長、外の小物を狩に行ってきます」
若い娘の声が広間に響いた。
「おー、気を付けて行ってこい」
目の前の男がその声に答えた。何人かの者達が扉の外へと飛び出していく気配がする。今はあの子達が抵抗などと言う愚かな事をしないことを祈るだけだ。まあ言わなくても彼なら十分に分かっているだろう。
「どうだ、今の気分は? 誰かに泣きつけるとでも思ったか?」
にやけ顔の男が満面の笑みを浮かべて語り掛けてくる。思い出した。監査室の室長だったか? 自分を城砦に送り出す手続きをした男だ。
「規則は規則が君の信条ではなかったのかね?」
ともかく規則にうるさい男だったことしか思い出せない。元は冒険者だったという話だったが……。
「その通り。『城砦』の法廷で規則通りに判決を下してやる。可及速やかに、誰も気が付かないうちにだ」
なるほど、追憶の森の件を早く過去にしたい人達からの依頼という事か……。
「そしてお前の審判官はこの俺だ。おい、まだ寝るなこの嫌味野郎。まだ俺の話は終わってないぞ!」




