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 一の街と違って関門というところは、どこからが街なのかさえはっきりしないところだった。


 天幕とそこに出入りする商人らしき人々の間を抜けているうちにそれは、天幕から雑多な建物へと移り変わり、いつしか石畳と両側を埋める、それぞれ形式も色も違う建物へと変わっていった。


 門も検問もない。あるのは街と様々な装いの行きかう人々達。だんだんと広くなっていく通りは、いつの間にか広場になり、多くの屋台が並ぶ市になり、また建物に囲まれた道にもどる。


 それは芝居小屋の背景のように次々と変わっていった。私の前では屋台を見るたびに、馬を降りようとする百夜ちゃんを、必死になだめている男装の世恋さんの姿が見える。


 単なる旅人としてここを訪れたなら、その一つ一つに驚きと感動の声をあげていただろう。すれ違う同じ年の女の子たちの垢ぬけたそして華麗な装い目を奪われていたかもしれない。私は片手で馬の手綱を、片手で白蓮の手をじっと握っていた。道を行きかう人々から見たら、田舎者が戸惑っている姿に見えただろう。


 だけど、道を歩く私には建物の色とりどりの屋根も、道を行きかう女性の華麗な衣装も、すべて白黒の世界のように見えていた。父がこの世を去ってしまった時も、『緑の三日月』に別れを告げて一の街を去った時も、確かにとても寂しかった。だけど、すべてが失われてしまったとは思えなかった。


 父が亡くなった日も次の日も、私は白蓮に語りかけ、父の話題を避けてどうでもいい天気の話をしていた。一の街を去った後の森の中でも、白蓮は私の味付けについていつものように濃いだの薄いだのと文句を言っていた。そこには毎日続いていた何かが残っていた。


 旧街道に行く前に白蓮との別れを覚悟したときも、心の奥底ではきっと白蓮は私について来てくれると思っていたのだと思う。


 だけど白蓮が捕まって私の知らないところへ、二度と会えないところに行ってしまうなんてことに、私は耐えられるだろうか? 耐えられるわけがない。今感じているようにそれは私にとっては何もない世界と同じだ。


 前を行く旋風卿達の足が止まる。四つ角をどこかの金持ちの馬車の列が通り過ぎるまで待っているらしい。


 私は馬の顔の向こう側にある、小物売りの屋台の店先をどこを見る出なく眺めていた。その店先に一つだけ私にも分かる色があった。薄いちょっと茶が入った赤色の耳飾り。私の髪の色と同じ色だ。


 私の手を振りほどいた何かがそこに向かって歩いていく。そいつは店の主と二言三言話をすると私の前へと戻ってきた。


「これって、ふーちゃんの髪の色と全く同じ色だね」


 そいつはさっきまでそいつの手を握っていた手に、耳飾りを押し付ける。分かっているの? 私はこんなものが欲しいんじゃない。お前が私の目の前からいなくなって欲しくないだけ!


「まあ、僕のへそくりでも買えたから良かったよ」


 おさまりの悪い灰色の髪を手でかいて笑う。見慣れた笑顔だ。その笑顔に私は気が付いた。うん、そうだね世恋さん、あなたは正しい。未来がすべて決まってしまった訳じゃないんだ。


 どうして私は自分のことばかり考えているんだ、しかも悪い方へ。目の前の〇〇男の方が私よりずっと危険な立場なんだぞ。


 そう思った瞬間、私の世界に色が音が匂いが戻って来た。私がこいつの為に今してあげられることは、私が私であることじゃないか。しっかりしろ風華。お前はたんなる八百屋じゃない、冒険者山櫂の娘なんだ。


 私は手の中の耳飾りを左の耳につけた。私はあなたに守られるだけじゃない。私もあなたを守るのだ。少し顔を傾けて、にっこり笑って見せる。どう、少しはかわいらしく見える?


「うん、よく似合っているよ」


 当たり前だ。お前が選んだんだぞ。似合わないとかいったらまた青たん作ってやる。


「白蓮、今すぐお前が持っているへそくりの額を私に教えなさい」


 そうでしょう? これがいつもの私だ。私達だ。


 前を行く世恋さん達が四つ角に向かって進み始めていた。さあ、ここからが勝負だ白蓮!


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