現実
私達は上がってきた朝日を背中に受けながら丘を下っている。一歩進むたびに街の塔がより高く見え、あの壁の巨大さが、現実にはどれほどのものなのかが実感できるようになって来た。こんな壁を毎日見て暮らすというのはどんな感じなんだろう?
「世恋さんも、あれを超えて復興領に来たんですか?」
「はい」
「世恋さんは、高いところは苦手ではないんですね」
私なんかあんな垂直な壁の道を歩けと言われたら、壁に身をくっつけてでもないと歩けそうにない。
「高いところはあまり気になりませんね。人混みは本当に気になりますけど」
世恋さんの人混み嫌いは筋金入りらしい。この完璧美少女にも苦手なものがあるかと思うと、ちょっと微笑ましい気持ちになってくる。
「領主様とかはいるんでしょうか?」
「領主様というか、代表者はいたと思います。実際にあの街を統治しているのは嘆きの森の結社です。結社の裏のお仕事というものですよ。まあ、裏にも色々ありますけどね」
そう言うと、世恋さんが私に向って苦笑して見せた。裏って何だろう。言っていることが良く分からない。
「関門勤めの人達が言うには、あちらこちらから隊商が集まって来ますから、世界中の料理やお酒を楽しめるという話です。お店より屋台の方がおいしいとか? 私は人混みが嫌で、いつもは街の外を抜けてきちゃいますので、よくは知らないですけど……」
世恋さん。武器がどうのこうのより、そちらに興味を持つべきですよ。それが乙女の正しい生き方です。
「今回は中に入らなくてはいけないそうなので、今からとても憂鬱なんです」
世恋さんが両手をあげて、私に向って肩をすくめて見せた。
「中に入れるんですか!?」
あの壁を越えて、直接城砦に向かうと思っていた私は思わず聞き直した。
「ええ、結社の出先に直接出向くそうです。逃げてもいつかは捕まりますから出頭しに行きます」
出頭!?
「出頭してどうなるんですか?」
「捕まります」
え!? 聞いてないですけど……。
「でも手続き上、その場で殺すわけにはいかないので、逃げ回るより長生きできるとは思います。少なくとも城砦までは連れて行ってもらえるはずです。お金ももうほとんどないですしね。その間に誰かの気が変わるのをそこで待つことになります」
そんな他力本願な作戦なんですか? 本気で言っています?
「そもそも、兄と私に復興領まで行けと言ったのは城砦の方々ですからね。不可抗力を訴えればなんとかなるかもしれません。それに兄と白蓮様以外は実際には森には入っていないですし、城砦の大人達に説明すれば、気が変わる可能性は十分あると思います」
偉い人達の気分次第という事ですか?
一の街から出た時に、世恋さんから「重罪人」という話を聞いた時も、どこか人ごとで実感がなかった。他にすることが一杯あったからだ。森を抜けている時にはそんな事は完全に忘れていた。
でもそれは、春を迎えた時の雪のようにいつの間にか消えてなくなる訳じゃなかった。どうして私は今までそれを真剣に考えてなかったんだろう。無かった事にしていたんだろう。
「白蓮は、白蓮はどうなります?」
私は一番気になることを聞いてみた。
「兄と歌月さんにお任せします。大丈夫ですよ風華さん。城砦には歌月さんの叔父様も居ます。歌月さんの叔父様はかなり偉い人なんです。それに白蓮様が死ぬようなことがあったら、二度と口を聞かないと言ってありますから、兄は頑張ると思います」
世恋さん、そんなの励ましにならないです。白蓮が死んで、私だけが生き残ったら私は独りぼっちだ。せっかくここまで来たのに!そんなのだけは絶対いやだ!
「私はどうでもいいですから、白蓮を助けてください」
私は思わず、世恋さんの腕を引いてお願いした。
「風華さん、現実から目をそむけてはだめです。事実を元に何をすべきかを考えましょう。それに自分はどうなってもいいなんて言うのは、絶対にだめです。それに何も意味はありません」
そうだった。この人はいつだってこういう人だ。旋風卿の妹だった。




