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関門

 二つの高い山とそれに連なる山脈が、だんだん、だんだん大きくなってくる。目の前には小高い丘の間を通る街道が見えており、顔を出した朝日が遠く先を行く商人の背中の千朶櫃(せんだびつ)を黄色く染め上げていた。まだ早朝なので路を行く人の数はほんのわずかだ。


 あの丘を越えたら関門が見えると歌月さんが教えてくれた。復興領を出たことが無い田舎者としては、それがどんなものか早く見たくてしょうがない。


 最後の上り坂を馬の手綱を引きながら一歩一歩上っていく。朝日に長く伸びた私の影が峠の頂上に向けてだんだんと短くなっていった。下女役としては少々はしたないと思ったが、最後は耐え切れずに走らせていただいた。峠の先にあったそれは、朝日を浴びたそれは、私の想像をはるかに超えた眺めだった。まさしく圧巻だった。


 目の前にある大きな街。一の街のように壁で囲まれているのではなく、色とりどりの大小様々な塔や建物が雑多に並び、その周囲の街道筋の草原には多くの天幕が並んでいる。天幕は塊ごとに同じ色の天井布や隊商旗を掲げていて、まるで色とりどりの砂糖菓子を草原にばらまいたかのようだ。


 なによりすごいのは、その街に向かう街道は一本ではない。北西、北、東からの大きな3本の街道がその街へと伸びている。まだ早朝だというのに、その街道には馬を連ねた大隊商が朝日を浴びつつ行きかう姿があった。私の目には世界中の商人達がこの地に集まってきているように見える。


「一番右が内地からの本街道だ。真ん中が『高の国』へとつながる街道。そして一番奥が『壁の国』につながる街道だ。ここはすべての国からの物が集まりそしてながれていく街さ。これが西の商人の街『関門』だよ」


 素に戻った歌月さんが、街道をそれぞれ指さしながら教えてくれた。


「この道は?」


 ここでは裏街道にもならない裏道みたいなもんだね。


「だけどもう冬がちかいからかね。天幕数はだいぶ少ないね」


「これでも少ないんですか?」


 思わず聞き返してしまった。じゃ多いときはどれだけ集まっているんだろう? この草原を埋め尽くしてしまうんだろうか?


「それもあるでしょうが、復興領の件がありますからね。今、物を動かさなくちゃいけない連中は、相当追い詰められているものだけでしょうな」


 相変わらず人の感動を全く気にすることがない、つまらない男のつまらない解説だ。だが私はおもちゃ箱をひっくり返したようなこの街の先、二つの山の間の渓谷に異様なものがあるのに気が付いた。それと前にある塔の大きさなんかを比べると、なにやら自分の距離感がおかしくなったような気さえする。


「気が付いたかい。あの壁を。あれが黒の帝国の遺物。本物の関門だ。嘆きの森からマ者があふれた時用に作られた壁だよ。あの壁を越えた先に『城砦』がある。ある意味、人の世界とマ者の世界を分けている壁だ」


 歌月さんが壁を指さして語ってくれた。


「今では私達城砦の冒険者と世界を分けている壁でもありますね」


 私の横に立った男装の世恋さんがいつもの口調で教えてくれた。な~んだ。みんな私に関門を教えてあげたくてうずうずしてたんですね!


「城砦に行くにはあの壁の門を抜けていくんですか?」


 私の目にはあの塊のどこにも門らしきものは見えない。


「門? あの壁にそんなものはないよ。見れば分かるだろう。塔の一つもないただの岩の塊を切り出したようなやつだ。門なんて上等なものなんかありゃしない。壁に斜めの線があるのが見えるだろう。あんたの目が良ければ、その線の上に染み見たいな黒い奴が動いているのが見えるはずだ。つづら折りの道、傾斜路だよ。あの道を超えていくんだ」


 歌月さんが教えてくれた。確かに白い壁にそって引かれている茶色の線のようなものの上に、ゴマ粒より小さく見える何かが動いている。あれは、馬車か何かなんだ。


「とても細い線に見えるけど、元がバカでかいからそう見えるだけでね。実際は馬車でも十分に上り下りがすり抜けられるぐらい幅があるのさ。それでも馬があばれでもして滑り落ちたら即あの世いきだよ。年に何回かはあるらしいから壁に行くときには気をつけな」


 私は子供が砂遊びで作った砂の壁のようなものから目を離せずにいた。あまりに異質なそれを。だれかが目の前にそれを置いて風景と重ねているのを見ているような気分になる。これが世界を隔てている壁、『関門』。そしてその異質さをかき消そうとしているのか、いろいろな色や形の建物で溢れる商人の街、『関門』。


 田舎の八百屋だった私にとって、ここは想像を超えた物で満たされていた。


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