端役
歌月さんの忠告はもっともで、私がこの中でお荷物なのは今に始まったことではない。過去に拘泥する贅沢など私には許されない。ともかく自分が出来る範囲で迷惑をかけないようにするだけだ。
家に来た時の白蓮はどういう気持ちだったのだろう。あの時、『こんなことも知らないの?』なんて言葉を平気で言っていた私は本当に子供で愚かだった。今度ちゃんと謝っておこう。
それより待ちに待った夕飯の時間だ。久しぶりに塩以外の調味料が入った、まともなものが食べられる。その塩さえも持たせること優先で、味は二の次だったのだ。しかも人様が作ってくれる。なんて素晴らしい!
さっきまでの反省気分はどこへやら、食堂までの廊下を飛び跳ねて行きたい気分になる。歌月さん、大丈夫ですよ。自分の役割はわきまえています。気分だけですよ。
食堂には私達の他には3組の客が居ただけだった。みな何か談笑しながら食事に興じている。普通の人達だろうか? 何か怪しいところはないだろうか? なんて考えてしまうのは私もこの人達に大分毒されているという事ですね。
私達が人数的に一番多いので奥の長食卓に案内された。もちろん私と白蓮はその末席だ。今度、私がどこかのお嬢様で皆さんが私の護衛役とかの設定はできないですかね? 無理ですね。
宿屋の下女の若い子が厨房から料理を運んできてくれた。なんだろう微かに私が嗅いだことがない香辛料の香りがする。この小さな宿場町でも、復興領のようなど田舎とは違うな~~。
だけどちょっと凝った煮物やらは私の前を通りすぎ、私の前には見慣れた野菜とわずかな肉(豚かな?)の汁物と黒麺麭が並ぶ。そうですよね。私は下女ですから皆さんと同じものにはならないですよね。まあいいです。あなた達を許してあげます。ちゃんとしたものが食べられるだけで私は十分幸せです。
水を注いで回る下女さんに急にとても親近感が湧いてきた。彼女が世恋さんの前では手元が怪しくなっているのがちょっとおかしい。
そうですよね。こんな美しい殿方を前にしたら体固まっちゃいますよね。旋風卿に合わせて頭に巻いてある布が、異国情緒を出していて謎の色気さえ感じます。私だって店に買いにきたら、絶対おまけして手を握らせてもらおうなんて考えますもの。
「お~~~餌!」
「黒ちゃん、食べる前に前掛けをしてもらえるかい。服を汚すとあとで赤に叱られるよ」
百夜ちゃんが、世恋さんにおとなしく前掛けをつけてもらっている。うん百夜、世恋さん相手に君も結構『女』してないか? それにどうして私が彼女を『叱る』役なんです?
それは普段からあっているか……。それより世恋さんは芝居小屋なんかじゃなく、内地の大きな劇場で主役いけます!
「赤、僕はちょっと胃の調子がよくないから、良かったら交換してもらえないかな? そちらの方が胃にやさしそうだ」
と言って、私と料理を交換してくれた。今度お手紙出します、世恋さん!
「赤、どうだね。口に合いそうかな?」
旦那様が余計な事を言ってくる。合うにきまっているだろうが。今まで何を食べて来たと思っているんだ? ともかく一口いただきます。結構味が濃いというか、ずっと薄味だったから濃く感じるのだろうか?
それに結構香辛料が効いててぴりっとしている。うんうん、肉の臭みがないというのはなんて素晴らしいのだろう。水もとってもおいしい。
「とっても、とってもおいしいです」
思わず涙が出そうになります。
旋風卿がじっと私の顔を見る。そんなに私の顔って感動に満ち溢れています? 白蓮、後で君にも分けてあげよう。
「それはよかった。では、みんなで頂こう」
皆が一斉に食べ始めた。
『あれ?』
分かっちゃったぞ。お前の考えが!私を毒見役にしたな!!次に私の料理を食べるときがあったら覚えていろ。何が入っているか実に楽しみな事になるぞ!!あっ、それもしばらく無いのか!
おのれ~~。一緒に後から食べ始めた隣の白蓮をにらみつけるが目を合わせない。こいつ都合が悪いことがあるといつもこうだ。許さん!お前には分けてやらない。
「あなた明日、関門についたらどちらに滞在するつもり?」
食事をしながら歌月さんが旋風卿に聞いた。その振る舞いはどこから見ても奥様にしか見えない。この人も女優で十分食べていけそう。
「いつものところでいいと思うよ。他に行く理由は特にないからね」
普通に答える旋風卿。この人はいつもと変わらないんだけど……旦那役に違和感はまったくないな。やっぱりいいところのお生まれなんですかね?
「路銀の事を考えたら、余裕がないからもう少し安いところでもいいと思うのだけど。あそこだとこの子達が泊まれる部屋がないでしょうし?」
「この時期はあまり混まないから相談してみよう。しばらく滞在することになるから、白と赤の宿は近くで別にとるというのもありだね」
話だけですよね。白蓮と一緒の部屋は困ります。
「あなたのご実家からは、相変わらず連絡はないの?」
「なしのつぶてだ」
「まあ、私達がご実家から疎まれているのはよく分かっているのだけど」
「来たものを追い返したりはしないさ。むしろ待っていてくれていると思うよ」
「あなたはご実家に関しては相変わらず楽観的ですね。私はとても心配しているのよ」
「心配してもしょうがない。そこしか行くところがないのだから」
「そうね。それはそうだわ」
一体何の話だろうか? 私にはさっぱり。だって下女ですから。
「お兄ちゃん、黒をつれて先に休んでいて頂戴」
歌月さんが立ち上がって世恋さんと百夜ちゃんの肩に手をやる。予想外に母親役が似合ってます。お兄さんはいったい何歳の時に産んだことになるんですかね? うーん、だめだ、考えちゃいけない。
「お前達も今日は下がっていいよ。明日は夜明け前には出るから、ちゃんと起きて準備をしておくれ。寝坊は無しだ」
私は立ち上がると、旦那様と奥様に丁寧にお辞儀をした。
『どうです?』
私だって端役ぐらいはできますよね?




