堅気
洗濯や着替えが終わって白蓮も解放してから、私達は街道筋まで戻る道に入った。街道筋に近づくにつれて耕作地や集落すらあらわれる。見慣れた普通の人達の普通の平和な暮らしだ。
人同士の争いやマ者、さらにはお化けから逃げ回ってきた自分には、これが夢の中の出来事のように思える。あの土臭いマナ除けをかけたりする必要もないし、何よりあの黒い葉っぱで遮られることなく空が見えるのが素晴らしい。
途中の民家で、歌月さんと世恋さんが隠し持っていたお金と交換で衣服を譲ってもらった。旋風卿の着れる大きさの服はもちろんないので、布外套を上着のように着て、頭には赤や黄色、青色の鮮やかな列が入った長い布の被り物を巻いている。これなら旋風卿のいかつい頭でも大丈夫だ。
だが私には彼が何を着てもどんな格好をしても旋風卿は旋風卿にしか見えない。その邪悪さは衣裳などで隠せるものではない。
これらの衣裳は世恋さんが民家を回って調達してきてくれた。突然現れた旅人なんて怪しげすぎて、相手にしてもらえないと思えるところだが、日中、家にいた奥様達が、みんな喜んで衣類を譲ってくれたそうで、それどころかお茶やお菓子までごちそうになったらしい。
超絶美少女というのは超絶美少年に化けることが出来るということだろうか? 初めて知りました。もしかしたら逆もいけるのかな? 知りませんけど。もし旋風卿が交渉に行ったなら、きっと家の中から矢が飛んで来たことだろう。私なら撃つ。
私達はこうして旋風卿と歌月さん夫婦に、その息子役の世恋さん、妹役の百夜ちゃん、そしてその下男下女という役割分担で街道筋を目指した。ありがたいことに、世恋さんが奥様方からもらった固焼きの麺麭もある。ずっと野兎とか、へたしたら野鼠とかさばいていた身としては本当に夢のようである。
私達はその日の夕方には街道筋の小さな宿場町へと馬を進めていた。役割上私と白蓮は馬の上ではなく、荷物を載せた馬の手綱を持った歩きだ。なんだかすごく不公平のような気がするけど?
まあ世恋さんに下男役は無理だし、妹が私だと見かけに差がありすぎる。それに百夜ちゃんは妹役にでもしないと謎の付属物になってしまうから仕方がないか……。
関門はもうここから馬なら半日もないとこらしい。辺りでどの宿にするか相談している客はほぼ徒歩のものばかり。旋風卿がいなくても馬に乗っているご一行は、その時点でかなり目立ってしまっているような気がする。
私達を上客と見たのか宿屋の客引きが、先頭を行く旋風卿や歌月さんの袖を盛んに引いた。さすが商売人、旋風卿にも臆せず袖を引く辺りは私も見習わないといけない。
世恋さんが百夜ちゃんに何やら耳を傾けながら馬をすすめている。きっとマナ使いがいるかどうか百夜ちゃんに確認しているのだろう。
ここでもこの人達は実に用心深い。今日の夕飯は久しぶりに他人が作ったものが食べられそうだと考えている私とは別物だ。結局、私達は日が完全に暮れる前に、この宿場町の中では大きくも小さくもない、一軒の宿屋の前に馬達を繋いだ。
「いらっしゃいませ。お疲れになりましたでしょう」
宿の女将らしい恰幅のいい女性が満面の笑みで私達を迎えた。
「すいませんが、宿帳への記入をよろしくお願いいたします。あと、申し訳ありませんが料金は前金にてお願い致します」
旋風卿に代わって、歌月さんが宿帳を受取ってそちらに記入していく。後ろでは世恋さんが百夜ちゃんの頭巾を撫でて、妹をあやすお兄ちゃんのような振る舞いをしていた。私と白蓮はと言うと下男下女役として外に出て、馬から荷を下ろす作業だ。実に不公平。
「荷物はうちのものがやりますので、壊れ物と貴重品だけで結構です」
女将がにこやかに声をかけてくれた。うん、いい人だ。素直にお願いしようと思ったのだが白蓮に目配せされる。はいはい、ちゃんと下女らしく働けという事ですね。
「あら、復興領からですか? それはまた遠くからいらっしゃいましたね」
歌月さんが記入した宿帳を見て女将が声を上げた。
「あそこで商いはもう無理なので、関門の知り合いにめぼしいものを卸してこの人の実家を頼ることにしました」
歌月さんが愛想よく答える。事前に示し合わせた通り、店の名前は一の街で実際にある中古の武具や冒険用の道具を商っていた店を騙っている。
「あら、旦那様は?」
「見かけはこの通りいかついですが、高の国の貧乏貴族出でね。まあ向こうにも長くは居れないでしょうから早く落ち着いてくれるといいんですけど」
「復興領は大変みたいですね」
宿帳を畳むと女将が、
「どうぞ、こちらで靴の汚れを落としててください。すぐに部屋をご用意致します」
と言って、帳場の横の小上がりへと案内した。
「こちらでいいですか、奥様?」
ちょっと僻みっぽくなっている私。
「赤、気をつけておくれ。大事な商売物だ」
この人は芝居小屋でも生きていけるんではないだろうか?
宿屋の下女が、泥落としのやまあらしの毛の刷と毛桶に布を持ってくるが、もちろん私達は後回しだ。そもそもやってもらえるのかな?
「ありがとう。妹は僕がやるから大丈夫だよ。黒、靴の泥を落とす間は、足をぶらぶらさせるのはやめてくれないかな。うん、いい子だ」
世恋さんに声を掛けられた下女の顔が真っ赤になる。世恋さんは下女から刷毛を受け取ると百夜ちゃんの皮長靴の泥を丁寧に落としていった。世恋さんの扱いによって百夜ちゃんが何やら業を背負ったらしい、いたいけな少女に見えてくるから不思議だ。思わず私も見とれてしまう。
「赤、なにぼっとしているんだよ。私とあの子の荷物をもっておくれ」
あの黒娘のおかげでこの呼び名だ。
「白、馬への水やりをちゃんと見ておいておくれよ」
私はあわてて刷毛で靴の泥を落とすと三人分の荷物を背をって、歌月さんと百夜ちゃんの後について行った。白蓮は馬の世話をしながら宿の下男と何やら楽し気に話をしている。
部屋に入ってとりあえず荷物を下ろす。三人分なのでかなり腰に来た。どこかに座ろうと思っていたら、いきなり歌月さんに胸倉をつかまれた。
えっ? 私は何かしました?
「百夜?」
歌月さんの問い掛けに百夜ちゃんが首を振った。
「小娘。これは街の祭りのだしものじゃないんだ。まじめにやりな」
誰も居ないことを確かめた歌月さんが、私の胸倉をつかんだまま耳元でささやいた。
「いいかい。宿のものは、私達が正直な客じゃないことはとうにお分かりさ。こんなマナ除けの匂いが染みついた堅気がいるかい。だからこそ、こちらは堅気の振りをしないといけないのさ」
歌月さんの言葉に、私は頷くことしかできない。
「これはね、後でやっかいな事になったときに宿の者達が、『とても気が付きませんでした』と言い訳するためのものだ。それすらできないやつらはすぐに通報される。無駄だと思えるようなことをどれだけ真剣にやり続けられるかどうかで、生き残れるかどうかが決まるんだ。分かるかい?」
歌月さんが真剣な目で私をじっと見た。確かにこの人は監督官だ。決して受付役なんかじゃない。私はもう一度、今度はゆっくりと頷いた。
「ちょっと前までは聞いて回る立場だったのに、それが逆になるとはね」
私を放した歌月さんが肩をすくめて見せた。その姿は私が見慣れた歌月さんだ。だがそれは彼女の一面にすぎない。白蓮にも私の知らない苛烈な冒険者としての一面があるのだろうか?
私には、まだ分からない。




