【小話】『泥団子と料理長』(料理長視点)
帝都ノイス侯爵家本邸滞在中の主人公リオンとノイス侯爵夫人のお話です。
【登場人物】
リオン:本編主人公。次期バルリング辺境伯夫人。甘党。帝都ノイス侯爵家本邸に滞在中。先日、現ノイス侯爵の特攻作戦中止の原因となり、元ノイス侯爵を特殊蘇生で10年ぶりに生き返らせた。小食。
ミルコ:ノイス侯爵家帝都本邸の総料理長。南方亡国の華族出身。帝国語が苦手な元難民。一族郎党は国ごと魔獣に喰われた。ミルコ本人は政に興味がない放蕩息子として国外におり、難を逃れた。現在は帝国の平民階級として市民権を取得している。辛党。滞在中の賓客が小食のためメニューを試行錯誤中。40代。
ジャクリーヌ:現ノイス侯爵夫人。帝都社交界の裏ボス。甘党。夫と義父の恩人が快適に過ごせるように東奔西走している。リオンの食事量が少ないことが悩み。
***【小話】『泥団子と料理長』(料理長視点)***
ミルコは料理人である。腕には自信があり、材料とレシピさえあればヴァッレン帝国内は勿論、他の人類生存圏のどんな料理でも最高の出来で作ってみせると豪語してきた。
この大陸の覇者は魔獣だ。ミルコの生国は親族ごと魔獣に喰い散らかされて滅んだ。料理人仲間も、もう何人が魔獣の犠牲となったか分からない。世界は、明日にはミルコに牙を剥くかもしれない。それでもミルコは剣でなく、包丁を相棒に選んだ。
―――食ったもんが人間を作るんだ。
ミルコは、自分の料理を食べた人間が良い明日を迎えることを祈って日々料理してきた。
***
そんな彼は現在、帝都にあるノイス侯爵家本邸で総料理長をしている。先代当主が奇跡の蘇生を遂げたとかで浮ついた本邸内で、彼は腕組みをして試作品を眺め下していた。
ピカピカに磨いた金属製の調理台の上には白い皿が二つある。片方は花弁を重ねた豪奢な薔薇の形に成形された菓子で、もう片方はそれと同じ原料を丸めただけの品だ。後者は、正直に言って―――
「……泥団子すぎないかしら」
当代ノイス侯爵夫人が難しい顔をして唸った。ミルコも眉間に皴を寄せて腕組みをする。
「けんどォ、奥様ァ。レシピ通りに作ると、この『泥団子』になるんでさァ。俺も料理人ですから、見目をこだわれってェンなら、こっちの薔薇風のやつを作りまさァ。けンど、奥様」
彼は迷うことなく『泥団子』の皿を指さした。
「多分、正解はこっちですぜェ」
理由は色々だ。日常的な民族菓子とレシピにあったので、平民家庭で作るのならば技巧は凝らしていないだろう、とか、どこの人類生存圏でも丸めた菓子ってのがおふくろの味にあるもんだ、とか。だが、料理人のミルコは口が上手い方ではない。元々語学が苦手なため、母語とかけ離れた発音と文法の帝国語で上手く説明できる気もしなかった。彼は料理で語る方が得意なのだ。
「食ってもらってくだせェ。そィで、お分かりになるかと」
訛り混じりのたどたどしい敬語で訥々と語る彼に、ノイス侯爵夫人は頷いた。
「分かったわ。貴方を信頼しましょう。……リオン様が少しでも気に入って下さるといいのだけれど」
ミルコを総料理長にしたのは、このノイス侯爵夫人ジャクリーヌ様だ。貴族家出身の先代総料理長の後釜に平民の彼を推挙する時、彼女は言った。
『料理人に料理の腕以外の何を求めるの。最後になるかもしれない食事なのよ。私の大事な人達の最期の晩餐に最高の料理を作ってくれる料理人が私は欲しいの』
***
ミルコ自ら給仕した茶会の席で、フォークで一口分にした『泥団子』を食べたリオンの頬を一筋の水滴が伝った。
「リオン様!?」
ジャクリーヌが驚愕の声を上げる。
次期辺境伯夫人であるリオンは、先日からノイス侯爵家の帝都本邸に滞在中の賓客である。大食漢が常の王侯貴族階級としては異常なほど小食な彼女に、総料理長であるミルコは勿論、女主人のジャクリーヌも気を揉んでいた。
試行錯誤の末、肉より魚、野菜と果物で口当たりの柔らかいものが良く、茶と菓子は全般が好きらしいとコツを掴みつつあった。それでも小鳥が啄むような食事量に、ミルコの眉間に谷間が常駐する中、ジャクリーヌがリオンに雑談で東方にある島嶼部人類生存圏の話をしたところ、あちらの『酒』に近いものがリオンの故国にあったと聞き、ならば、その東方の甘味ならば食がすすむかもしれないと用意したのが、この『泥団子』だ。
口に合わなかったのだろうか。ミルコは控えていた壁から一歩前に進み出た。ジャクリーヌも慌てて席を立ち、リオンに駆け寄ろうとする。そんな彼らにリオンは小さく首を振り、たどたどしい声で大丈夫だと告げた。
ジャクリーヌが再び椅子に腰を下ろし、近寄ってきていたメイド達とミルコが控え場所に戻ると、リオンは黙々と『泥団子』を食べ進めていった。常にない早さだった。ほどなく皿の上の小さな茶色の『泥団子』は綺麗に消えた。深く溜息を付いた貴婦人は、小さく鼻を啜り、白いハンカチで目元を拭って、向かいの席にいるノイス侯爵夫人に礼を述べた。
「……ありがとうございます。ジャクリーヌ様。久々に……本当に、幾久しく口にしておりませんでした、故郷の菓子を食べることができました。心より御礼申し上げます」
ほっとしたように表情を緩めたジャクリーヌは、首を横に振ってリオンに微笑みかけた。
「私の方こそ、リオン様には返しきれないご恩がありますもの。東方文化にご興味がおありとおっしゃっていたので用意させただけですのよ。でも、こんなに喜んでいただけるだなんて。総料理長も喜びますわ」
話を振られて背筋を伸ばしたミルコを、次期辺境伯夫人の瞳が映す。
「……そう。貴方が作って下さったの。とても美味しかったわ。二度と、そうね、もう二度と食べられないと思っていたから、なおのこと、懐かしくて美味しかったわ。ありがとう」
緩やかに細められた碧眼に、ミルコは「滅相もないことでさあ」と頭を垂れた。
頭を下げた先で視界に映った床を睨みつけて、ミルコは奥歯を噛み締めた。
―――国が滅ぶというのは、こういうことだ。
そこで生きた人間の記憶も、そいつらが作ってた料理も、毎日当たり前に食っていた郷土菓子まで、一切合切を魔獣どもは喰い散らかしてしまう。この世界で、一体どれだけの料理が魔獣のせいで失伝したことだろう。だから、ミルコは包丁を握ったのだ。
―――俺の戦場はここだ。美味い料理を食べて喜ぶ。その楽しみを魔獣なんぞに奪わせてなるものか。
再び顔を上げた時には内心の荒れ狂う感情を一切見せず、人のよさそうな朴訥とした顔で彼は笑ってみせた。
「美味かったんでしたら、何よりでさァ。材料は保存が効くってンでたンまり仕入れてあります。ご滞在中、遠慮なく申し付けて下せェ。いくらでもお作りしますぜィ」
珍しく茶菓子のお代わりを所望するリオンに、ジャクリーヌが笑みを深め、メイドたちが静かにけれど流れるように次の茶器と『泥団子』を用意する。楽しそうな彼女達の様子に、総料理長は満足そうに口の端を上げた。
***
後日、主人であるノイス侯爵夫人が教えてくれた。『泥団子』は『オハギ』とか『ボタモチ』と次期辺境伯夫人リオンの故国では呼んだらしい。かの国では『オハギ』を亡き祖先への供え物にしたという。
「そイつはよかったです」
短く返して、ミルコは奥様に深く頭を下げて晩餐の準備に戻った。
―――『オハギ』は供養になっただろうか。かの貴人の『懐かしい思い出』の。
そのうち、薔薇型の『オハギ』も作ろうとミルコは思った。リオンが今を生きるこの帝国で、故国と形こそ違えど味は同じ『オハギ』を女主人と共に食べて美味しいと喜んでもらえたら、ミルコはそれだけで満足だった。
ミルコの闘いはまだ続く。いつか、魔獣に喰われて骨も残さずこの世から彼が消えても、きっと、ここで作った料理の一つぐらいは次の料理人が作ってくれると信じて、今日も彼は包丁を握り続ける。
【おまけ】***『友チョコと料理長』***
「こんなトコに何の御用でさァ。……リオン様」
メイン厨房の入口に現れた賓客リオンに、ミルコはアタフタと駆け寄った。後方で部下の料理人や給仕係、雑用の下働きまでが膝を折り、頭を垂れて貴人への敬意を払っている。ここは雲上人が来る場所ではないのだ。ああ、鍋が吹き出す音がした。動くに動けないシチュー担当の縋るような視線を背に感じながら、ミルコは貴婦人に用件を尋ねた。
「お邪魔をしてごめんなさい。……その、お願いしたいことがあたのだけれど」
常に側にいるはずの侍女も連れず、一人で厨房に現れたリオンは、平伏する使用人たちに目を瞬かせて困ったように微笑んだ。フライパンに放置された肉は、悲鳴のように上げていた肉汁が溢れる音さえ出せなくなっている。焦げた匂いが厨房に充満し始めていた。見なくても分かる。あの鹿肉はもうダメだ。
「困らせてしまったようね。ごめんなさい。……部屋に戻ります」
そのまま肩を落として踵を返す彼女をミルコは慌てて追いかける。
「リオン様! お部屋までお供しますぜェ」
リオンはミルコの主人の大恩人だ。そんな彼女の頼みを聞かない選択肢は総料理長にはなかった。本日の晩餐準備が厨房に残った副料理長に丸投げされた瞬間だった。余談だが、焦げた鹿肉は炭化部分を除いて本邸付き番犬のデラ☆ゴージャス飯となり大好評で完売した。
恐縮するリオンから道中に聞き出した用件は、茶菓子を作って欲しいというものだった。
「俺はそれが仕事でさァ。どんな菓子ですかィ。この前の『オハギ』でも何でも材料と調理法さえわかれば世界で一番美味く作りまさァ」
意気込んで尋ねるミルコに、次期辺境伯夫人リオンは両手で不思議な形を作ってみせた。
「『ハートのチョコ』が欲しいの」
「チョコは分かりまさァ。普段の茶菓子でもお作りしてます。『はーと』ってのは、その手の形と同じチョコレート菓子を作りたいってことですかィ」
リオンの客室でペンと紙を借りて、ミルコは試案を図と説明文付きでサラサラと描いて見せる。
「つまり、『ハート』ってのはこういう形ですねィ。で、中身はご指定なしとォ。では、ジャクリーヌ様のお好きなレモン味とミルク味で、ボンボンショコラにしましょうかァ。トッピングにそれぞれ金箔と菫の砂糖菓子を添えて……こんな感じでいかかでしょうかィ」
貴婦人の碧眼がキラキラと輝いて、ミルコの手元で色インクによって色彩を帯びていく試作スケッチを覗き込む。
「凄いわ……喜んでもらえるといいのだけれど。ありがとう助かったわ」
「そイつはよかったです。それで、次の茶会でこの『ハートのチョコ』をお出しすればいいんですねェ」
頷いて、バルリング次期辺境伯夫人は懐かしそうに目を細めた。
「ええ、私の故国の風習なの。大事な相手に気持ちを込めて贈る菓子なのよ」
***
後日、リオンの友チョコを帝国民で初めてゲットしたジャクリーヌはそれはもう狂喜乱舞した。テンションマックスで自慢された夫のノイス侯爵が、友人であるバルリング次期辺境伯に「『友チョコ』以外に『本命チョコ』もあるらしいが、お前もらったのか」と他意無く尋ねたところ一騒動あったのだが、それはまた別のお話だ。
ちなみに、事態を想定していた総料理長ミルコのカカオ豆の貯蔵量は充分であった。
【おまけのおまけ】***『本命チョコと料理長』***
茶会の数日後、厨房にリオン付きの侍女がやってきた。朝食の片づけをしつつ、昼食の仕込みをしていたミルコは、部下に後を任せて試案ノートを手にリオンが住まう客室に向かう。
「……ルイスのために『本命チョコ』を作って、彼が泊まり込んでいる宮廷に持って行ってはもらえなかしら」
げっそりとした顔の次期辺境伯夫人からの依頼に、ミルコは慌てることなくノートを広げて見せた。
「新案はできていまさァ」
「ありがとう。……さすがね」
『友チョコ』の時に『本命チョコ』の話を聞き、こうなるだろうと思っていたのだ。だが、総料理長とはいえミルコは一介の平民に過ぎない。提案してよいものかと迷っている間に、次期辺境伯ルイスが友人のノイス侯爵から『本命チョコ』の存在を聞かされてしまった。
リオンの夫君は妻の『本命チョコ』欲しさに外交案件や利害関係者の調整・折衝役を含めた全仕事を投げ捨てて妻の元に帰ろうとしたそうだ。慌てたのは周囲である。顔が広く社会的地位もある彼無しでは進まない話が多い現状、ルイスを逃がすわけにはいかなかった。どうか宮廷まで『本命チョコ』を持って来はくれまいかと、泣きの通信や書簡が多方面からリオンの元に一晩中届いていたらしい。
皇帝陛下からの初めての直通通信がこれかと項垂れるリオンに、精神を落ち着けるハーブティーをメイドがそっと差し出す。
「このハート型のものにしてくれるかしら。味は甘さが控えめな方がいいわね。……この洋酒入りのものにしましょう。数はこのくらいで」
試案用ノートにリオンの指示を書き込みながらミルコはそっと一つ提案をした。
***
ノイス侯爵家の家令が持ってきた紙箱を受け取り、次期辺境伯ルイスは深い溜息を付いた。
―――妻に会いたい。
軍神の婚礼準備のため、宮中に留め置かれて三週間が経とうとしていた。その間、一度もリオンに会えていない。チョコを口実に一目でも会えないものかと思ったが、そうは甘くはなかった。このド修羅場の中、自分で言うのも何だが有能で如才のない駒たるルイスを周囲が逃がすはずがなかったのだ。
「……そういえば、彼女が選んでくれた茶菓子は初めてかもしれない」
リボンを解くと、中には変わった形のチョコレート菓子と焼き菓子が入っていた。チョコレートを一つ摘んで口に入れれば、ほどけるように溶ける甘みが疲れた頭に染み入るようだった。
手を拭いて、添えられていたメッセージカードを開く。愛する妻の筆跡を追っていたルイスの手が止まり、箱の中に残った菓子たちに視線が向けられる。
『お仕事お疲れ様です。総料理長に手伝ってもらいましたが、クッキーは私の手作りです。どうぞお体に気を付けて下さい』
貰えるだけでも嬉しかったのだが、更にクッキーの方は妻の手作りであると知り、にやけそうになる口元を押さえるルイスの背後に迫る影が二つあった。
「ちなみに」
親友の皇太子がひっそりとルイスの耳元で帝室の影情報を囁く。
「この形はハートと言って心臓を模したもので、愛情を表すシンボルらしいね。私の心臓を捧げます、とか情熱的な告白だなぁ」
「あとな、チョコって興奮作用があるんだぜ」
悪友のノイス侯爵がニマニマと笑いながら妻情報を教える。
「東方の生存圏で蜜月夫婦がチョコの薬効にあやかる話、知ってっか?」
真っ赤になった幼馴染に、こちらも婚約者や妻と暫く会えていない皇太子と侯爵の笑い声が室内に響いた。こんなに笑ったのは久々だ、よかったなぁと初恋満喫中のルイスの背を叩き、彼らは笑顔で仕事に戻っていった。
***
ちなみに、クッキーはフォーチュンクッキーだった。クッキーの中が空洞になっており、妻からの短い手紙が仕込まれていた。何が書かれていたかは、仕事で心折れそうになる度に、食べ終わった紙箱に大事に仕舞ったメッセージを眺めているルイスだけの秘密だ。
作者が社畜中のため、更新停滞しております。
あと30分を切りましたが、皆様が楽しいバレンタインを過ごされますことを主人公リオン共々祈っております。




