【小話:三男2-1】後日、長兄が選ぶ厄ネタオブザイヤーに輝いた。【本編前日譚/亡国王女の三男視点】
【小話登場人物一覧】
≪亡国王女一家≫
ルドルフ:長男。リオンの『宰相』兼茶飲み友達。甘党。
オイゲン:次男。魔導陣開発が趣味。甘党。
ゲイル:三男。小話主人公。武芸全般が得意。甘党。
カール:四男。防御魔術が得意。辛党。
*オイゲン/ゲイル/カールは三つ子の異父兄弟。
シャルレーヌ:ゲイルの飛竜。細長い羽根としなやかな体を持つ中量種のメス。細泡麦の新芽が好き。
≪老舗飛竜便屋商会≫
ヌル:帝国の老舗飛竜便会社の会長。辛党。
ハザル:帝国の老舗飛竜便会社の副会長。会長の一人息子。辛党。
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まだ帝国を先帝が治めていた時代の話だ。仕事の帰りに、ちょっとした拾い物をしたことがあった。帰国後に長兄にした報告は「大丈夫、問題なかったよ」だった。
***【小話:三男2-1】後日、長兄が選ぶ厄ネタオブザイヤーに輝いた。【本編前日譚/亡国王女の三男視点】***
空色の鱗で覆われた尻尾が水を弾く。細くしなやかな翼に纏わせた水滴が陽光を弾き、宝石のように輝いていた。久々の水浴びが気持ち良いのだろう。相棒の飛竜シャルレーヌはキュルキュルと喉を震わせて、ご機嫌な様子だった。
白い小さな花が群生する湖畔で、ゲイルはボリボリと固形の携帯食料を齧りながら、相棒の飛竜が大きな湖で水浴びをする様子を眺めていた。
「ちょうどいいから、ここで仮眠をとっていこうか」
携帯食を食べ終えると手に付いた粉屑を払い、耳元の通信具に指を添えた。魔獣支配圏ではあるが、この辺りに魔獣の湧出地が無く、大型魔獣もいないことは上空から確認している。不眠不休で急ぎの荷運びをした帰路だ。行きに無理をさせた分、帰りはゆっくりさせてやりたい。
起動した通信具を人差し指で二度、ゆっくりと叩く。『待て』の合図だ。
聡明な相棒は主の意図を汲み、湖の水底へとその巨体をゆっくりと沈めていく。彼女が完全に身を潜めたのを確認して、ゲイルも近場にある大樹に登ると、その枝葉の影に隠れた。
腰に下げていた皮布でできた水筒を外して、先程湖で補充した水をグビグビと呷る。口元から零れた水滴をグイッと手で拭い、木の葉の隙間から空を見上げた。眩しいほどに晴れ渡った夏の青空であった。
高度を上げて空を飛んでいる時は感じない、じっとりとした暑さが全身を覆っていた。汗ばんで蒸れている革手袋を外して、上空の強い日光から眼を保護するゴーグルを首元まで引き下げ、顔を滴り落ちる汗を手で拭う。
冷たい湖の水底で休んでいる飛竜が少し羨ましかった。僕も水浴びしたい。最後に風呂に入ったのは帝国を出発した前日だ。
体全体を頭のてっぺんから覆っていた日除けの布を外して、深く息を吐く。雲上での日除けの大切さは分かっていても、正直、夏にこの格好はきついものがある。ようやくひと心地付けた。
「あ゛ー。……さすがにちょっと、疲れたなぁ」
通常二週間かけて運ぶところを、早駆便は五日で届ける。
ほぼ不眠不休で魔獣生存圏をひたすらに飛び続け、遭遇した飛行型魔獣を撃墜したり回避して、今回もどうにか納期に間に合わせた。食事の時間すら惜しく、携帯食を飛竜の背で摂って済ませていた。
幾度かはシャルレーヌの翼を休ませ、食事として魔獣石を与えるために地上に降りはした。だが、僕自身はその間も周囲の魔獣を警戒し続けていて休めていない。蓄積した疲労と睡眠不足で頭がずっしりと重い。
まあ、休みなしで帰ることを決めたは自分自身なので、自業自得だ。雇い主のハザル副会長からは、配送先の人類生存圏で充分に休息を取ってから帰路につくように言われていた。
でも、この前産まれたばかりの弟の世話をする長兄の背中を思い出すと、とても一人ゆっくりする気になれなかった。他の兄弟が代わる代わる手伝いにいっているとはいえ、彼らも学業や仕事があってずっと家にはいられない。遠隔地の仕事明けは長めの休みがもらえる。早く家に帰って長兄の手助けがしたかった。
相棒のシャルレーヌに無理をさせない範囲で帰路を急いだから、予定より二、三日早く帰れそうだ。
「眠い。……帰ったら風呂屋に行って、ご飯をお腹一杯食べて、ちょっとだけ寝て………それから、兄さんの手伝いに行こう」
眠気で頭がぐらついてきた。少しだけ休もう。後ろの木の幹に背中を預けようとしたが、首の後ろでくくった髪紐がぶつかり、どうにも寝心地が悪かった。
仕方がなく頭を起こして朱色と白色の糸を寄り合わせた髪紐を解けば、肩甲骨まで伸びた小麦色の髪が背中に広がった。それを右耳の下でまとめ直し、胸の前に垂らしてやる。思っていたよりも伸びた髪に、どこまで伸ばしたものかな、と人差し指を絡めた。
「……まあ、まだいいか」
そのまま目を瞑って俯き、木の幹に寄りかかって意識を眠りの浅瀬に沈めていく。さすがに魔獣支配圏で熟睡はしない。意識の片隅では常に異常や魔獣の気配を探っていた。
だから気付けた。
――騒がしい騎獣の足音が複数近づいてくることに。
***【小話】後日、長兄が選ぶ厄ネタオブザイヤーNO.1に輝いた。【本編前日譚/亡国王女の三男視点】***
15歳の夏だった。
ヴァッレン帝国を先帝が治めていた時代の話だ。今でこそ自分の商会を持っているが、当時、僕は老舗の飛竜便屋商会で若手竜騎手として働いていた。担当業務は単騎での早駆飛行による小型貨物運送便。花形と呼ばれる、腕の良い騎竜手のみが任される仕事だった。
早駆便が一度に運べるのは、僕の相棒である飛竜シャルレーヌに負荷がかからない5kgまで。それで通常の20倍もの料金を取るのだから法外だ。それでも金に糸目は付けないから最短で貨物を先方に届けて欲しいという貴族や豪商に需要があった。
あの日の依頼主も貴族だった。高級官僚らしき中年貴族は、酷く慌てた様子で書簡が入っているという小さな木箱を僕に押し付けてきた。空気しか入っていないのではないかという軽さだったのを覚えている。
行先はヴァッレン帝国の北西に位置する人類生存圏。危険度の高い魔獣支配圏を複数エリア踏破する必要がある、僕の担当区域内では比較的遠方の配送先だ。無事に荷物を届けて、行きよりはのんびり帰るかと、お気に入りの湖のほとりで休憩していたところだった。不審な集団が近づいてくるのに気付いたのは。
***
耳元の通信具に指を這わせた。ゆっくりと二度叩いたのちに、小声で相棒シャルレーヌに命じる。
「待機」
そのまま隠れていろと指示を出して、自身も木の葉の茂みに身を潜めた。湖畔を目指している集団が何者かは分からない。だが、真っ当な人間でない可能性があった。
この休息所は僕とシャルレーヌがよく通る航行路の途中にある、お気に入りの場所だ。
だが、この湖畔で陸路を行く旅人に遭遇したことなどない。ここは上空を飛ぶ騎竜手だから来られる場所なのだ。陸路の航行路は随分離れたところにある。魔獣支配圏で安全な航行路を外れた不可解さが、どうにもきな臭かった。
勿論、新規の魔獣湧出地や魔獣と遭遇して進路を見失った遭難者の可能性はある。だが、用心するに越したことはないだろう。
しばし後に、全身を旅套で覆った連中が湖畔にやってきた。
人数は四十数名。全員が武具を持ち、順番に騎獣から降りて周辺の安全を確認し始めた。その様子だけならば、旅慣れた傭兵集団に見える。しかし、顔まで隠している服装と、やけに念入りに周囲を伺う様子が気になった。
見つからないように気配を殺して樹上から観察し続けていると、彼らは荷運び用の騎獣から複数の麻袋を地面に下した。リーダーらしき人物が少し離れた場所を指さすと、他の人間達が麻袋を持ってそちらに移動する。そして、逆さにされた麻袋から転がり出たのは、縛られて猿轡をされた子供四人だった。
―――嫌な予感ほどよく当たるよね!
所属する飛竜便屋の副会長がよくやっている、頭を抱えるポーズを思わず真似た。不審者集団候補が本年度関わり合いになりたくないヤバそうな集団NO.1に燦然と昇格した瞬間であった。
***
子供たちはまだ生きているようであった。だが、ピクリとも動かないところを見ると、何らかの薬物で意識を奪われている可能性が高い。さて、どう助けたものか。
耳に付けた赤色の宝玉を親指で撫でる。
僕と飛竜のシャルレーヌだけで四十名を超す武装集団、しかもどう見ても堅気でない人間達を相手するのは分が悪い。手段がないことはないのだが、アレはできれば避けたい最終手段である。
本当は子供達を見捨てて、関わり合いにならないのが一番安全だと分かっている。それでも、彼らを助けたいと思った。
―――僕は、会長と副会長が手を伸ばしてくれたから、ここにいる。
庇護者なしに這い上がれるほど、今のヴァッレン帝国は優しい場所ではない。今代の皇帝になってから始まったという政の混迷は、僕たち平民の世界にまで深刻な影響を及ぼしていた。
不安定な政治と疲弊した経済が牙を剥くのは、いつだって弱い立場にいる人間だ。貧民街に住む子供など格好の餌食であっただろう。
あの人達に拾われなければ、今湖畔にいる連中に混じっていても可笑しくないんだ、僕は。
―――だから、今度は僕が手を伸ばそう。大丈夫、今の僕には相棒がいる。
目を閉じたままの子供たち。その一人の首に向けて大剣が振り下ろされる。それを見つめながら、最適ルートを脳内で計算していた。
(おそらく遺体はこの場で始末する。持ち帰るメリットが見当たらないし、遺体が見つからない方が、都合がいいだろう。一番近い人類生存圏も航行路オアシスも、陸路だとここから一週間以上かかる。魔獣支配圏奥地にあるこの湖ならば、来る人間はほぼいないと考えているはずだ。一番楽な隠蔽方法は……)
僕は飛竜便屋の従業員だ。竜騎手には竜騎手のやり方がある。
***
騎獣の駆ける蹄音が遠のき、完全に聞こえなくなった。本当にあの人間達が立ち去ったかを念入りに確かめて、音もなく木から飛び降りる。そのまま足音を殺して湖畔に近づいた。
「シャルレーヌ、『とってこい』」
通信具越しに相棒に命じれば、水飛沫と共に三メートルを超す巨体が湖から飛び出してきた。その両手に抱えられているのは二つの塊だ。飛竜のシャルレーヌはそれをそっと岸辺の草地に置くと、次を取りに再度湖に潜っていった。
最終的に彼女が拾い上げて来た物体の数は八個。―――切り離された頭部が四つに胴体が同数である。
あの不審者集団は子供たちの死体に重しの石をくくりつけて湖に投げ込んでいった。
一番楽な始末の方法だから、そうするだろうと思っていた。予想通りでよかった。火魔法で灰にするようであれば最終手段を使ってでも殲滅戦を仕掛けるつもりであったため、助かった。あまり目立つ真似はしたくないのだ。
「ありがとう、シャルレーヌ。助かったよ」
陸地に上がり、伏せの体勢を取った相棒に礼を言えば、飛竜は不機嫌そうにギュルルンと鳴いた。バシンバシンと打ち付けられた尻尾に千切られた草と白い花弁、土埃が空を舞う。まあ、気持ちは分かる。
「死体を寝床に降らされたら確かに嫌だよね。災難だったね、よしよし」
慰めるように首筋の鱗を撫でてやると、シャルレーヌはウルルとまだ小さく文句を言いつつも、気持ちよさそうに目を閉じた。そのまま待っているように頼んで、茂みに隠していた荷物を取りに行く。長期の仕事用である肩掛け鞄から取り出したのは、長めの荷造紐と大判の覆い布だ。
「さて、じゃあ、ちょっと一仕事しようか」
子供たちの年齢は十歳前後に見えた。全員短髪で、金髪と銀髪が一人ずつ、黒髪が二人だ。目を閉じているので瞳の色までは分からない。だが、手入れの行き届いた髪と肌、整った顔立ち、ほどよい肉付きと武具を扱い慣れた豆だらけの固い掌が、彼らの身分を物語っていた。
「貴族の子供だよね、多分。武家系かな」
かれらを荷造りしつつ、身元が分かるものが無いか探ったが、所持品は装飾品を含めて何もなく、着ている服も、おそらくは着替えされられたのであろう簡素な平民服であった。
だが、それでも分かることはある。
「ヴァッレン帝国民に見えるんだけど、どうかな」
まず、顔立ちや髪質、肌の色がヴァッレン帝国かそれに近い文化圏における貴族の特色を有していた。
次に、子供たちが着せられている服は恐らく古着で、ヴァッレン帝国でよく平民の子供が着ている型のものだ。先ほどの不審者集団が子供たちを攫った現地で調達したものの可能性が高かった。
「ルドルフ兄さんならどこの家の子か分かるかも。……ああでも、兄さんにバレたら不味いなぁ。先月、オイゲンとカールが『究極の攻撃魔術と至高の防御魔術どっちが強いか』って騒いだばかりだし」
僕は兄弟で一番攻撃魔術が得意だ。兄のオイゲンが自分の代わりに放って欲しいと差し出した紙に描かれた魔導陣のえげつなさを思い出して苦笑する。発動したら帝都の半分が壊滅的被害を受ける超広域攻撃型魔導陣だった。
さすがにこれは、と断ろうとすれば、弟のカールが自分が防御するから問題ないと言うしで困った。最終的に長兄のルドルフが二人を一喝して止めに入ってくれたのだった。長男って大変だなぁと二人を説教する背中を思い出して遠い目をする。
「あんまり心配かけたくないんだよね。ただでさえ新しい弟が産まれて忙しそうだし……まあ、言わなければ大丈夫か」
手際よく新しい荷物をシャルレーヌに積み込み、外して茂みに隠していた飛行用の旅装を自身と飛竜に装備していく。最後に首元にぶら下げていたゴーグルを着けると、相棒の首筋を軽く叩いた。
「よし、ちょっと寄り道して帰ろうか。シャルレーヌ、『飛べ』」
クォーンと返事をして、水色の飛竜が翼を広げる。数度翼を上下に動かして肩慣らしをした彼女はそのまま立ち上がると、煌めく鱗で覆われた四つ足で走り出した。
片手で手綱を持ち、もう片方の掌を相棒の背に刻まれた魔導陣に乗せる。シャルレーヌが騎竜として慣れてから刻んだ、僕の魔力を分け与え、飛行を補助する魔術を発動するための陣だ。
菱形の陣が、僕の身の内から溢れ出る魔力を吸収して黄金色に輝く。翼の先から鋭い蹴爪までその魔力が広がり、シャルレーヌの全身と感覚がつながる。うん。ちょっと疲れているけど、僕の魔力で補助すれば目的地まで問題なく飛べそうだ。
進行方向にある湖の水面に、障害物が無くてちょうどいいと離陸用の魔導陣を真っすぐに引いてやる。兄のオイゲンが開発した、踏付時に反発力によって跳躍と飛翔を助ける陣だ。花が開くように次々と展開される円形の陣が真珠色の帯となって湖の水面を輝かせる。
それを躊躇いなく踏みつけてシャルレーヌは跳躍を繰り返し、その速度を上げていった。足裏から放たれた魔力が水面を叩き、彼女が通った後に波紋の足跡が広がっていく。最後に大きく羽ばたきを繰り返した飛竜は、湖を駆け抜けた勢いそのままに、軽やかに夏空へと飛びあがった。
しなやかな翼が風を切る音と、上昇中特有の重力圧を感じながら、手綱を握りしめてシャルレーヌが飛ぶ方向と高度、速度を指示する。
「目標、ロススウェイト連合王国、斎王猊下の離宮。高度はこのまま。速度は……この子達の蘇生限界時間に間に合う速さで!」
―――ちなみになのだが、言わなくても長兄にはバレたし、緊急の家族会議が後日開かれた。
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【おまけ】***ep.34感想返信の一部を改稿***
≪登場人物≫
リオン:本編主人公。元女王、現次期辺境伯夫人。世界を越えて連れて来た一人息子がいる。
ルドルフ:亡国王女の長男。テオフェルの異父兄。リオンの『宰相』兼茶飲み友達。生きている弟が十四人いる。
ジギスムント:先代ノイス侯爵。皇弟テオフェルの家臣筆頭。無事に育った息子が現ノイス侯爵をしている。
***
『宰相』と『女王』の保護者茶会は、最近、先代ノイス侯爵のジギスムントを仲間に加えて帝都ノイス侯爵家にあるリオンの私室で不定期開催されていたりする。今日も今日とて、執務や護衛任務、商談の合間に集まった三人は、茶菓子と茶器を手に子育て談義に花を咲かせていた。
「商人になった弟とその下で見習いをしている弟が土産をくれたのですが」
ドンッという重低音と共にテーブルに載せられた人の頭ほどもある大きさの魔獣石に、次期辺境伯夫人リオンは目をパチパチと瞬かせ、先代ノイス侯爵ジギスムントは静かに茶器を机に戻すと、見間違いだろうかと眉間を抑えた。
「まぁ、立派な魔獣石。さすがはルドルフ様の弟君ね。優秀だわぁ」
「……目撃報告を受けて大捜索と防御網の構築までした準主級の白金竜が結局見つからなかったと聞いているのだが。というか、再発見時の討伐編成と避難ルート、人員・物資輸送計画のための会議に、今まさに皇弟殿下が参加なさっている。―――その土産の魔獣石は、まさか……」
フフッと乾いた笑いを零して、ルドルフは死んだ魚の目で虚空を見つめた。
「『とったどー』とこれを渡されたときの気持ちが分かりますか」
リオンは真顔で頷いた。
「分かるわね。うちのレオンは無言で渡してきたわ」
遠い目をしたジギスムントがそれに続く。
「……分かる。バルリングの長男長女と今の皇太子、うちの息子の四人で仲良く行方不明になって、袋一杯に魔獣石を持ち帰ってきたことがあった」
ルドルフとリオンは絶句した。幼少期の話にしてもとんでもない案件だ。二人の目線の先で、先代ノイス侯爵は煤けた表情をしていた。今日一番のヤバい子育てネタが炸裂した瞬間だった。
「……まあ、現皇太子殿下と皇太子妃内定者、次期辺境伯と現ノイス侯爵閣下が? それは、それは……」
国家の一大事になりかねない豪華メンバーに何と言っていいか分からず、リオンは誤魔化すように茶器を持ち上げた。
「ま、まあ、無事に帰ってきて何よりではないです、か……あ」
当時を思い出して眉間の皴を深くさせるジギスムントをフォローしていたルドルフが、何かを思い出したかのように声を上げた。
「……こども? よにん……黒髪が二人に、金髪と銀髪の……」
「ルドルフ殿? どうなさった」
「……な、なにが『問題なかったから大丈夫』だ。あんの事後報告常習犯が」
「お、落ち着きなされ」
額に青筋を浮かべたルドルフを今度はジギスムントが宥める番だった。
リオンはそんな二人を眺めながら、うちの子はまだ手がかからない方だったみたいねぇと茶を啜っていた。今後産まれる自身の孫を含めた次世代にどれだけ振り回されるか知らない彼女の、束の間の平穏な時間であった。




