40「空っぽ」
今回少し短いです。
side氷室 氷柱
「ただいま」
返ってくる言葉はない、あるのはいつもの静寂と、薄暗い家…この時間母は仕事で帰ってこない。
「…お腹空いたな」
キッチンの方へ行くと、テーブルの上にはいつもの手紙が置かれていて、いつも通りその手紙の内容は簡潔で、何の面白味のない…仕事人間の母らしい手紙だった。
そして、その手紙の最後にはいつものあの言葉ーー
『勉強に励んで下さいね。将来の為にも』
この文を見る度に思うんだ。
私は、一体何のために…ここに居るんだろう、と。
「…空っぽだ」
そう呟いた私の胃は、何も満たす事はなかった。
空虚で、透き通る様なこの世界の空気は…私には苦しい。
「会いたいな…灰原くんに」
こういう時、私がとる行動は決まっていて…色付く彼をただ私の物語の世界で見ていたい…だから、書き続ける。
この時間が好きだ。
色のない私でも、彼を通してこの透き通る透明な世界をカラフルに見る事が出来る。
あぁ何て楽しいんだろうか、彼を思えば思うほど私の手は止まらない、心は止まらない、色は止まらない、何処までも続いて行く…素晴らき物語よ。
「ただいま」
「っ!お母さん…」
また、色が…
「勉強をしていたの?」
「……えっと」
淡く、泡の様に、この世界からーー
「また、くだらない文字遊びをしていたの?」
ー消えて行くー
「貴女ね…大体いつもーー」
まただ、今度は音が聞こえなくなって行く。
ここはまるで深海の様だ…暗く沈み、重々しく体に何が伸し掛かり、何も聞こえなくなる。
姿すらも…見えなくなって…ここは何処?私は、何処に居るの?ねぇ…誰か聞こえないの?
呼び掛けても、答える者など居ない。
いつもそうだ、私の世界には何もない、誰もいない、この人の前での私はいつだって空っぽなのだ。
縋ることなど出来ず、ただ暗くなった世界を眺めてるだけ…こんなの、死んでる事と変わらない…叫びたいよ。
「ごめんなさい」
叫ぶ事なんて、許されるはずがない。
「わかればいいのよ」
閉まった扉の音は、私の心臓をまるでギュッと握り潰しかの様な音だった。
苦しい…息が…
痛い…痛いの…
ここじゃ私は…生きられない…。
「…っ…!誰か…私を見つけてよ…!」
私の世界は、空っぽだ。
読んでくださりありがとうございます!
今更ですが、この第3章って氷室さんがメインなんですよ、プロットの段階ではまさかこんなに長くなるとは思いませんでした…まだ第3章続きます。




