34「思い出した」
「…今時雨くん、つきちゃんって…」
呆然と、僕は彼女の声を聞いていた。
今思い出したこの記憶、段々と流れてくる。
「うっ!」
この訳のわからない記憶に、信じたくもない記憶に、吐き気を抑える…。
「時雨くん!大丈夫!?」
「はぁ…はぁ…大丈夫…」
頭痛と吐き気が止まらない。
だって…こんなのって…!!
どろどろとした感情が、僕の中で渦巻いてゆく。
それがとてつもない嗚咽を誘う…今にも叫び出したい…感情を表に出したい…!!
馬鹿野郎が!と。
ふざけんな!と。
ありとあらゆる暴言を、口にしてしまいたい。
感情の渦は止まる所を知らず、僕はいつの間にかーー
「ど、どうしたの…?」
泣いていた。
「何でも…ないんだ」
「そ、そう…?」
少しして、椿さんが僕を支えてくれて、公園のベンチまで移動して休んでいた。
泣き止んだ僕を見て、椿さんは何か意を決したように口を開く。
「時雨くん!さっきつきちゃんって言ってたよね?」
「っ!」
やはり、その事だった。
「その…もしかしてボクの事思い出した…?」
…思い出したよ。
全部、何もかも、このクソったれな記憶を…こんなの…僕はどう償えって言うんだよ…!!
言える訳がない。
「いや、そのさっきのは勝手になんか出てきて…思い出したとかではないんだ。期待させてごめんね?」
「そ、そっか!全然大丈夫だから気にしないで?」
…どうして、そんな風に君は僕に笑いかける事が出来るんだ…君は、どうしてこんな奴を好きになる事が出来たんだ。
今は、彼女と居るとどうにかなりそうになる。
感情を爆発させてしまいたくなる…その前に。
「椿さん、今日はもういい時間だしそろそろ帰ろっか?」
「そうだね!じゃあ一緒にーー」
「僕はもう少し休んでから帰るよ」
「そ、そっか!わかった。それじゃあまたね!」
椿さんの背中を見送る。
「っ!はぁ!はぁ!」
何とか平静を装えた。
本当は椿さんを見てると息をするのも苦しくて、落ち着かなかったのだ。
「…はぁ」
なんとか落ち着き、僕は夕陽が沈み掛けている黒く青い空を見上げる。
気持ち悪く濁っているその空をみていると、まるで今の僕の感情そのものを表しているかの様だった。
記憶と言うのは、忘れた方がいい記憶だってある。
楽しくなかった事、嫌な事、頭にきた事、それは様々だ。
だからこそ、僕はこう口にしてしまう。
「こんな記憶、思い出さなければ良かった」
噛んでいた唇は、血の味がした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
「ただいま」
小さく呟いたその声に反応する者は居ない。
「そっか、そう言えば今日はみんな帰りが遅くなるって…」
僕はキッチンの方へ行き、食材を並べようとする。
だが、そこで思い出す、今日は僕も遅くなると伝えていて、各々食事をとるように伝えていたのだ。
そっか、今日は作る必要はないんだ。
そう思うと、何故か気持ちが重くなった。
きっと何か気を紛らわしたかったのだ…だからこんな重々しい気持ちになる…いいや、今日はさっさと寝よう。
自分の部屋へ行き、僕はベッドに倒れ込んだ。
「………」
静かだ。
誰の声も聞こえない。
「あ…あぁ…はは…」
なら、いいよな…別に。
「死ねぇ!!消えろ!!てめぇは何やってんだよ!!灰原時雨!!ふざけんなよ!?こんな記憶まで僕に押しつけてくんじゃねぇよ!!どう償うんだよ!?ふさげんな!!恨むぞ!!今回だけはお前を!!クソが!!!……クソ…!どうしろってんだよ…!」
行き場のない吐露した感情は、静寂へと消えて行った。
僕はこの世界にきて、初めて、灰原時雨と言う人間を嫌いになった。
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