33「つきちゃん」
不思議だ。
いつのまにか僕はこのデートに置いて、記憶の掘り返しをやめていた。
今は純粋に、このデートが楽しいのだ。
本当に楽しい…何処か懐かしくて、こんな風に笑い合ってた日々がもかしたら僕と椿さんの間にはあったのかも知れない…それ程までに、彼女といてとても愉快な気持ちにさせられた。
思わず破顔する程に。
「それじゃ次はどのゲームをやろうか?」
「その前にトイレに行ってもいいかな?」
「わかった、僕はここで待ってるね」
そう言って椿さんを見おくる。
ん?てかよく見たらトイレのあのマーク、色が男女逆転してる…こんな所まであべこべなのか。
テキトーにスマホをいじりながら暇を潰していると、ふと声が聞こえて来る。
「ねぇそこの綺麗なお兄さ〜ん?私達と遊ばな〜い?」
むっ、ナンパか…なんとも羨まし…くない!
あっぶね〜危うく本音が…まぁこの世界のおとこはかなり辛辣な訳だし、別に僕が何か言う必要もないでしょ。
僕は聞こえた声を無視して、スマホをいじる。
「ちょっと!何無視決め込んでんだよ?」
おっと、どうやら男の子は無視を決め込んでいるようだ。
まぁ悪くない手かも知れないけど、それは相手の堪忍袋を煽るような物…この場に置いては使えない手段だね。
スマホに目を向けながらも、つい気になってナンパちゃん達の声を聞いてしまうな、てか男の方の声が聞こえないけど…一眼見てみるか。
僕がふと顔を上げると。
「お!やっとこっち見た」
僕かよ。
いやま、なんかめちゃくちゃ近くから声が聞こえるな〜とは思ってたけど、堪忍袋煽ってたの完全に僕でしたよ、やらかしたわ。
「えっと…僕に何か用かな?」
僕がそう返すと、見た目ギャルの三人が驚いた顔でこちらを見て来る。な、なに?その世にも珍しい物を見た様な顔。
「へ〜初めてかも、こんな風に反応してくれた男の子!もしかしてお兄さん結構尻軽〜?」
「失礼な!僕は童貞だ!」
「「「っ!!」」」
僕が真顔でそう叫ぶと、三人のギャルは突然顔をボッと真っ赤にしてこちらをジロジロと観察する様に見て来る。
不味い…これは失言だったかな…だってしょうがないじゃんか、そんなヤリチン扱いされたらこっちだって反発したくなりますよ!
てか、さっきからギャル達の目がなんかギラギラしてる気がーー
「ね、ねぇお兄さん、私達とカラオケにでも行かない?」
「いいねぇ!お兄さんさっきからここで突っ立ってるだけだったし暇なんでしょ?」
「行こー行こー!」
この三人…完全に狙いに来てるな?
けど残念、僕はそんな安い男じゃないんだ。
ここはスマートに、そう紳士的に断る。
「ごめんね?僕待ってる人が居るんだ。残念だけど君達とは遊べないんだ」
にっこりと微笑んで断ってやった。
ふっ…この確実に脈がないとわかっている台詞を聞いてもまだ立ち向かってこれるかい?
「無視しないって事はOKって事!?」
…あべこべ世界の決まりのお断り文句って無視一択なんですね…僕の断り方って脈ありだと捉えられるのか…ん〜困ったなぁ。
「ねー!お兄さん行こうよ〜」
「いや本当に人を待っててーー」
僕がギャル達と押し問答をしている所にーー
「や、やめて!!」
一声。
「「「あ?」」」
「…あ…えっと、ほら、待ち人来たる」
そう言って僕は椿さんを指差す。
「お前…八重垣?」
ん?ギャルさんと椿さん知り合い?
もしかして、二人はお友達なのかーー
「そ、その人から手を離して…欲しいのかな」
「お前いつからそんな口きくようになったんだよ?」
「ヒッ!」
そうではないみたいだ。
明らかに険悪ムード…大体関係性は予想がつく…なら、横槍は勿論入れさせて貰うさ。
「あのさ、椿さん怖がってるみたいだからやめて貰えるかな?」
僕がそう言うと、ギャルの一人がニヤニヤと笑いながら僕に言う。
「お兄さんさ、財布替わりに八重垣を使ってんでしょ?そんな風に庇わなくってもわかるって!」
は?
「でも財布替わりにしたってこんなつまらない奴といるよかウチらといる方が絶対楽しいって!ね?一緒に行こうよ〜?」
…この世界の女の子が全員いい子…なんて事はあり得ない事くらいわかっていた。
こう言う奴だって中にはいる事も…けど、改めて目の当たりにすると、とことんーー
「頭にくるな」
小さく呟いた。
ギャル達には聞こえなかった様だが、まぁいい…さっさと、この場から立ち去ろう。
「椿さん」
「…?」
「行こ?」
一言椿さんに声をかけ、笑いながら手を差し出す。
椿さんはそれを恐る恐ると握ってくれた。
そのまま立ち去ろうとする。
「ま、待ってよ!なんでそんなつまんねぇ奴とーー」
「あのさ!」
一言叫んで、ギャルに続きの言葉を口にさせず、そのまま僕は冷たく、奴らに言い放つ。
「椿さんと僕はデート中なんだよ。それを邪魔しないでくれるかな?次何か言う様であれば…容赦しねぇからな?」
「「「ヒッ!!」」」
ギャル達は走って何処かへと消えて行った。
むっ?脅しすぎたか、でも良かったぁ…あのままもしも喧嘩とかになってたら確実にボコされる自信があるよ。
戦闘スキルとか皆無だからね僕、そんなチート満載なご都合主人公じゃないので、ご都合なの容姿だけなので、とにかく!平和的に終わって良かった。
「ごめんね時雨くん…情けない所を見せちゃって…女なのに男の子に守られるなんて…本当にダメな奴でごめん」
こう言う顔、苦手だ。
みんながよくする顔…自分にはなにも出来ない、何もない、申し訳ない、消えてしまいたい、そんな顔…まるであの時の僕を見ているようで、苦手だ。
だからなんだろう、こんな顔をして欲しくないと思うのは。
「椿さん、僕はあの時椿さんが立ち向かってくれて嬉しかったよ?」
「立ち向かってなんかーー」
「『やめて!』」
「?」
「とっても勇気のいる一言だったと思う…僕の為に、ありがとう!」
そう言うと、椿さんは頬を抑えながらにへらと笑みを見せた。
やっぱり、僕は誰かが笑っている顔の方がすきだ。
不思議と僕まで頬が緩んでしまう。
「やっぱり時雨くんは変わらないね」
「え?」
「あの日と何も変わらない…もう、いいかな!」
「なにがもういいの?」
「もう無理して思い出す必要なんてないのかな!」
突然そんな事を言い出す。
「でも!約束があるんじゃーー」
「いい、時雨くんが変わってないってわかって、ボクはそれだけでいい…」
「椿さん…」
僕が椿さんを見つめていると、後ろの夕陽が椿さんの涼しげな黒髪を熱く燃やす…見ているだけで、その美しさに焼け焦がれてしまう…僕は本当に忘れてていいのだろうか、この人に答えるべきなのに…思い出せない。
風が吹き、彼女の美しき黒髪が夕陽と共に揺れる。
その光景は幻想的で、とても穏やかな気持ちさせられる。
この光景を目に焼き付ける…こんな光景を見ていたなら、きっと彼女の事を忘れる事なんて有り得ないのだろうな…。
「時雨くん」
「ん?」
突然とかけられた声に、彼女の黒く光る瞳と目が合う。
「大好き」
ーーーーーーーーーーーーーーーあ、え…?
「つきちゃん?」
口から勝手に出てきたのはそんな一言だった。
読んでくださりありがとうございます!
展開が進んできましたね〜!書くのが楽しくなってきた!




