31「たった一つだけ」
さてと、行くとするか。
僕は氷室さんと別れた後、八重垣家へと向かう。
到着するも、僕の足は止まり、インターホンを押す力すらも入らない。
「来てみたはいいものの…凄くお邪魔しにくいなぁ…」
前に来た時、かなり気まずいまま帰ってしまったのが原因ではあるのだが…香奈ちゃんにはまた会って欲しいとも言われているし…それになにより、こんなもやもやしたままじゃ自分の中で整理する事なんて出来ない。
「よし」
僕が覚悟を決めてインターホンを押そうとした時ーー
「しぃ兄?」
「はい!って、香奈ちゃん?」
掛けられた声にびっくりした事により僕の手は空へと掲げられ、変なポーズのまま振り返ると、そこには香奈ちゃんの姿が、格好から見るに学校の帰りと言った所だろうか…て言うか、なんか気まずいな。
頰をポリポリとかいて視線を泳がせていると、香奈ちゃんが僕に静かに微笑む。
「本当に会いに来てくれたんだ…」
その顔を見て、僕はここに来た事への気まずさや不安、それらは何処かへと行き、踏み出す一歩が貰えた気がした。
「約束したから」
僕はそう言って再び、八重垣家の扉を潜る。
そして、迷わず進んだ先は勿論ーー
「お姉ちゃん?」
八重垣椿さんの部屋の前だ。
「…なにかな?」
間を置いて来た返答は酷く沈んでいた。
「しぃ兄が来てくれてるよ」
その一言を香奈ちゃんが伝えると、帰ってくる返答はなかった…いくら待とうと、秒針が刻むばかり…きっと、答える解答など持ち合わせていないのだ。
彼女の中にあった記憶と言う方程式は、大事な思い出は、僕と言う存在…そう、高坂拓斗によって狂わされた。
もしかすれば灰原時雨ならば、彼女に正しい答えをあげられたかも知れない…ならば、僕がする事は一つなのだ。
彼が成せれたかも知れない事を、僕が変わりに…いや違う、僕がやらなければならない。
踏み出せ、歩き出せ、彼女の思い出の為に。
いつのまにか、僕は部屋に扉を開けていた。
椿さんと、向き合い、目を腫らしている彼女…悲しんだ彼女へ僕に出来ること、それはたった一つーー
「椿さん、僕とデートをしよ?」
「「へ?」」
にっこりと微笑んだ僕に帰ってきた二人の返答はそんな一言だった。
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side八重垣 香奈
「えっと…しぃ兄本気?」
「なにが?」
「さっきのだよ!デート!」
「あぁそれね。勿論」
「勿論って…」
この人は何を考えているのだろうか…私は先程しぃ兄が放った発言に頭を抱える。
なにかと言えば、突然私の実の姉である八重垣椿をデートに誘ったのだ…勿論、それが仲のいい男女ならば問題なし、とくにどうとも思わないのだが…今の姉としぃ兄の関係を表すなら、他人、ただうちの姉が一方的に覚えているだけの…姉はその事実を知ってショックを受けてしまっている。
だからしぃ兄が会いに来て、少しでもその心が和らいだらと思っただけなのに…何故こんな事に…姉は顔を真っ赤にして毛布の中から出てこなかったし…もう訳がわからない。
「心配ないよ」
「え?」
私が頭を悩ませていると、しぃ兄は優しく微笑んだ。
「絶対、思い出すから」
…思い出す…思い出すか、しぃ兄はそれが今出来る最善、解決策…そう判断したのかも知れない…でもね、しぃ兄ーー
「思い出さない方がいい記憶だって…あるかも知れないよ…」
小さくそう呟いた。
「今、何か言った?」
「なにも?それじゃしぃ兄の電話番号お姉ちゃんに教えとくから」
「うんお願い、それじゃまた」
「またね、しぃ兄」
そう言って私はしぃ兄の背中を眺めたまま、姿が見えなくなった後も、そこに立ち続けていた。
どっちが正解なんて、私にはわからない…これはしぃ兄にしかわからないんだよ…本当に思い出した方がいいのか、思い出さずにそのまま消し去るのか…その選択は、しぃ兄が決めるしかない。
結局、答えなんてたった一つなんだから。
読んでくださりありがとうございます!
もっと投稿ペースを上げられるように頑張ります!




