番外編「高坂拓斗が居なくなった世界」
自分なりに、元々思っていた彼女の性格やらを思考してこの話を書いてみました。
「失踪だってさ」
一言、彼女の耳に響いたのはそんな言葉だった。
「マジか、あの高坂さんがか?」
「あぁ、理由は浮気されたから、らしいぞ」
「あぁそれは知ってるわ…その相手ってさ」
視線が、彼女に集まっていた。
震えが、止まらないーー
呼吸が荒くなるーー
ー苦しいー
耐えられなくなり、彼女はトイレへと駆け込んだ。
「うっ…」
吐き気を押さえ込む。
全身が悲鳴を上げている。
ただ気持ち悪い、こんな自分が、醜い自分が、喉を抉りたくなるほど、気持ちが悪い。
ズルズルと、壁に添うように彼女は崩れて行く…その場でただただ罪と言う名の嗚咽を押さえ込む。
「ねぇ」
そんな倒れ混む彼女に、声がかけられた。
上を見上げると、いつものあの人がいる。
いつも彼女に優しく声をかけてくれるあの人がーー
「た、くと…?」
「ッ!!」
彼女がその名を呼んだ瞬間に、バチン!!、という音が鳴り、トイレに良く響いた。
その音は、彼女が頬を叩かれた音だった。
不思議と、痛くない…これなら、あの時の方がよっぽど痛かった…そう思う彼女は、未だに、いや違う、『生涯』忘れることの出来ないあの痛みと、比較していた。
「貴女なんかが…高坂さんの名前を呼ばないで!」
そう叫ぶ声が聞こえた。
上を見上げる彼女の視線の先に居たのは、悲痛にまみれ、大粒の涙を溢している少女の姿だった。
(何で叩かれたんだろう?)
わからない、そうだ…こう言う時はいつもみたいにーー
ー笑おうー
「ッ!何よ…何で…そんな顔するのよっ!?」
(そんな顔ってどんな顔なんだろう?)
少女がぶつけてきた疑問に、彼女は自分の顔をペタペタと触って確認する。
「ッ!」
わかった、今の彼女がどんな顔をしているか、彼女は理解してしまった。
それは、彼女がこの世で最も嫌う、嘘にまみれた、醜い笑顔だった。
(ああ…ああ…あぁ…あっ…あぁ)
「…ご…めん…ね…」
「謝ってすむと思っているの!?貴女が…貴女が居たせいで…高坂さんは居なくなってしまった…貴女が居なければ…私はずっと彼を見詰められていた…」
「ごめんね」
「彼が幸せならって!!私は彼の幸せを願ってただけなのに…なのに…何で…何で貴女なんかにそんな彼の幸せを奪われなければいけないの!?」
「ごめんね…ごめん…ごめんね…」
「答えてよっ!!!」
「ごめん…ごめんね…本当にごめんね…」
ただ彼女は謝る。
謝り続ける、彼に、高坂拓斗に。
ただ彼女はこう言葉を並べるしかなかったんだーー
「ごめんね」
と。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
私が、どんな人間だったのか。
それを簡単に言い表せば『強がりな人間』だったと思う。
何に対しても、強がりで、傲慢で、人の手なんてかりたくない、そう思っていた。
けれど、それはそんな弱い自分を隠すための甲羅だ。
本当の私は『嘘つきな人間』なんだ。
いつも強がって、笑って、ただ笑う。
だってそうしてたら、皆が笑うから、私の嘘にまみれた微笑みで、皆が笑うから、だから私は、こんな自分を続けた。
皆が嫌わない自分を、続けた。
ー笑え、笑え、笑えー
それはただの自己暗示だった。
こうでとしないと、この笑顔はすぐに剥がれる。
すぐに偽善者の自分が出てきてしまう。
そんな、人生を辿っていたある日、私は彼に出会った。
「あ、君が例の?僕は君の教育を任された高坂 拓斗、よろしくね」
彼、高坂拓斗に。
最初の印象は、別に何の当たり障りもない、優しそうな人だなぁ…と、思った。
この印象は、すぐに間違いではないと認識させられた。
彼は誰に対しでも分け隔てなく優しい。
容姿が良く、仕事もでき、性格までもがいい。
何だこの完璧超人は!まるで私の真逆じゃないか!
そんな事を思った。
そして、仕事を続ける内に、久しく忘れていたあの感情が帰ってきた。
ー楽しいー
楽しい…そう、彼と居ると楽しいんだ。
笑える、心の底から笑えてる、そんな気がしてならない。
不思議な人だ…彼は、私の空けられた心の穴を塞いだ。
時が経つにつれて、いつの間にか私は、彼と恋人同士になっていた。
家の女性社員が選ぶナンバーワンイケメンとまさか恋人になれるなんて、夢にも思わなかった。
あぁ…幸せだ…いいなぁ…こんな幸せがあっていいのかな…。
何度もそう思う、今の自分は心の底から笑えているーー
ー本当にそう思う?ー
ふと、そんな事を思った。
私は、本当に今が幸せなのだろうか?
私は本当に笑えているのか、考えた。
考え、そして思った。
いや、笑えているはずがない、と。
今の私は、拓斗と居るから笑えてるんじゃない。
はは…こんな自分が嫌になる。
心の奥底では理解していたんだ…私は、拓斗を騙せて、笑っているんだと。
人間、根本を変えるなど到底出来ない。
結局私と言う人間はまだ嘘つきなままだ…偽善にまみれたまま…こんな自分が嫌になる。
本当に、好きだと、そう一瞬でも思っていた自分を、呪いたくなる。
彼が本当の私を知らないのをいいことに、この偽りだらけの笑顔を見抜かれてない事に、ただただ罪悪感を覚えた。
彼はこんな嘘でまみれた人間を好きになってくれたんだ。
そもそも、私と彼では物語に違いがありすぎたのだ。
相見えちゃいけなかったんだ。
人間には、一つの、ただ自分だけの物語が必ずある。
もし仮に、彼の物語が、ただ幸せに満ちている物語だとしたら、私の物語はーー
ーただ醜いだけの物語ー
もうこの時点で、私と彼の間に溝は出来ていたんだ。
終わろう、私と彼では、物語が違いすぎる。
元あった、あるべき姿に戻ろう。
「別れよう」
私は彼に、そう告げた。
「誰に電話してんの?」
「別に」
「いやーそれにしてもこんなに簡単にナンパに成功するなんてなぁ…なに?お姉さん結構経験豊富?」
「初めて」
「またまた~んじゃ始めっか!」
一人の男が服を脱ぎ始めた。
そして、彼は私の服に手をかける。
もうどうでもいい、私の未来には嘘しかない。
だったら、生涯で一生を共にする相手なんて要らない。
彼もきっと、すぐに諦めがつくはずだ。
彼はモテるし、生涯を共にする相手なんてすぐ見つかる。
私なんて、きっと彼の視界にも入ってはいけないのだ。
こんな奴が隣にいれば、彼の人生が汚される。
そんな責任を追うのなんてごめんだ。
だから私にはこう言う相手が、丁度いい。
「うっひょー!たまんねぇ!」
服を脱がし終えた様だ。
男は鼻息を荒くさせている。
そして、私をベッドに倒した。
「んじゃもう前置きとかいらんべ、それじゃこの穴にぶちこむぜ!」
そう、私の人生は、これくらいが丁度いいーー
ーバン!!!
突然と、家の扉が開く。
そこに居たのは、拓斗だった。
「た、拓斗…どうして」
「あん?誰」
拓斗は、ただ呆然と、私を見ていた。
拓斗の姿を見ると、この寒空の中、走って行く格好には見えなかった。
良く見れば、靴すらも履いていない。
なん…で…こんな…私に価値なんてないのに…どうして、そんな悲しそうな顔をしてるの…?
「今までありがとう、さよなら」
「た、くと…」
笑っていた、拓斗は、笑って、泣いていた。
そのお別れの言葉は、私の奥底に響いた。
自分で言うのはとても簡単だった。
なのに、彼から発させられたその言葉に私はーー
「待って!!」
「おい待てよ!早く続きをしようぜ!」
「拓斗が!拓斗が!」
「いいじゃん!どうせ元カレとかだろ?
そんな奴放おっておいて、俺と気持ち良くなろうぜ!!」
「黙れ!!いいから手離してよ!!!」
私は掴まれた腕を振り払う。
だがーー
「行かせるかよっ!!」
両腕を抑えられる。
「どけぇ!!」
「こんな上玉そんな簡単に逃せるかっての…」
拓斗が!拓斗が!
おかしい、今の私は絶対におかしい。
こんなの、初めてだ、何処にも行ってほしくないなんて、側にいて欲しいなんて、こんなにも、好きで溢れるなんてーー
ー拓斗!ー
「邪魔だぁぁあ!!!」
「うっ!!」
私は男に、思いっきり頭突きを一発。
その瞬間、頭を抑えて悶える男を置いて私は、毛布を体に巻き、外へ出る。
「拓斗!拓斗!」
ただ彼の名前を呼び、走る。
寒さなど、感じない。
今はただ熱い、胸が熱い。
会いたい、会いたいよ…ただ会いたい。
私は、うろ覚えの記憶を頼りに、拓斗の家を探した。
数十分、いや、もしかすれば数時間。
私は走り続けた、彼に会って、話をしたいがために。
そして、ようやくたどり着けた拓斗の家の扉は、空いていた。
ゆっくりと、私は入って行く。
「拓斗?」
彼の名前を呼ぶ、けれど、返事はない。
奥へ進んで行くと、そこには一つのケーキと、プレゼントボックスがあった。
そこには、一枚のメッセージカード。
書かれていた名前は、私の名前だった。
ゆっくりと、手を伸ばし、私はそのメッセージカードを捲る。
『~ーーーーーへ~
まず初めに、メリークリスマス。
僕と君が付き合って、今日で丁度一年だね。
この一年は僕にとって、短い一年間だった。
それは、君と過ごした日々が、あまりにも輝いていたからだ。
君の笑顔と共に過ごす日々が、本当に輝いていたんだ。
でも、たまに君は無理して笑っちゃう時があるから、無理はしないで欲しい。
僕は君の笑顔だけじゃなく、君の仕草、君の言葉、君の声、君の目、全部が好きなんだから。
君のお陰で気づいた。
人を好きになるのが、こんなにも幸せな事だと、こんなにも人を好きになる物なのだと。
君が、僕の初恋の相手で良かった、君が最初で最後の僕の恋人で良かった。
僕はこれからも、君と共にこの人生を歩みたい。
だから僕とーー
~高坂拓斗より~』
「だから僕と…?」
不自然に切れた字に、違和感を覚えた。
そこで終えるメッセージカードに疑問を抱きながらも、私はプレゼントボックスの方に手を伸ばした。
手の平サイズのプレゼントボックスを開ける。
そこにあったのはーー
「指輪…?」
そして、その指輪には一枚の小さな紙が、そこに書いてあった言葉ーー
ー結婚しようー
「…あ…あ…あぁ…あああ…!うっ…ああ…たく…とっ!…拓斗!拓斗拓斗拓斗!!!」
涙が、止まらない。
痛いよ、心が痛いよ。
「ごめん…!ごめんね!…ごめんね拓斗!!ごめん…ごめんね!ごめっ…ん!」
私はただ謝る。
そこに拓斗は居ない、けど今すぐにでも言葉にしないとおかしくなりそうだったんだ。
こんなにも、人を好きになるなんて思わなかったからなんだ。
こんなにも、幸せだって思うことなんて有り得ないと思っていたからなんだ。
こんなにも…心が痛くなるなんて…思っても居なかったからなんだ。
私は、生涯忘れることの出来ない程の痛みを、覚えた。
その日は、ただ彼の帰りを待ち続けた。
けど、彼は帰ってこない。
不思議と、もう彼は二度と帰ってこないのだと、悟った。
何故だかはわからない。
けど、もしまた会えたなら、私はもう一度彼に言いたい。
大好きだと、そしてーー
「ごめんね」
と。
読んでくださりありがとうございます!
期待したていた感じと違っていたらごめんなさい。
今更だけど、サブタイトル高坂拓斗が居なくなった世界とか言っときながら出てね…?ま、まぁ回想だし大丈夫だよね!
ではまた!




