22「ありがとう」
僕の右隣には氷菓さん、左には霰さんと言う形で何故か二人は僕のベッドに寝そべっていた。
んーと、いまいち状況が理解できないな。
よし、整理していこう。
まず、僕は疲れてうとうと、としていたらいつの間にか寝ていた。
心地いい眠りにつき、目を覚ます。
そこには僕のベッドに氷菓さんと霰さんが居たのだった。
うん、訳わからん。
どうしよ、脳の処理班をフル稼働てしてもこの状況を整理出来なかった。
もう現実逃避してこのまま寝ちゃおうかな…いや、すると僕の貞操が危ないのか、もうここまで来るとこの人らの理性を信用できない。
…話し合いが一番かな。
仕方ない、一つ一つ疑問をほどいて行こうじゃないか。
「あの、霰さん」
「ん?」
「何で僕の部屋に?」
「暇だったから!」
ふむ。
「どうして僕のベッドに?」
「気持ちよく寝てたから添い寝してあげようと!」
ほう。
「最後にいいですか?」
「なんでも聞いていいよん♪」
あ、じゃ遠慮なく。
「本音は?」
「夜這いしようとしてました」
……バレなきゃ犯罪じゃないんですよ理論はバレたら犯罪なんですよ?僕が起きることを想定してやって欲しかった。
そうすれば僕も知らぬ間に童貞を卒業出来たのに!クソっ!なんてこったい。
って、悔しがる所じゃないか。
てかこの人ら僕の事怖がってたはずなんだけど、その恐怖は一体何処へデリートなさったのでしょうか。
まぁそんな事は別にいいか、それよりーー
「で、氷菓さんは止めなかったんですか?」
「むしろ氷菓姉もノリノリだったよね?」
「……」
何この人は無言で目をそらすのかな?
「氷菓さん、無言は肯定と動議ですよ」
「しぃが可愛いから悪い」
「開き直らないでください」
氷菓さんはぷくぅっと頬を膨らませてこちらを睨み付けてくる…いやこれ僕が悪いの?てかその顔やめて、可愛いから。
「てことでしぃくん、襲ってもよかですか?」
「何故いいと思った?はいはい、二人とも早く出てく」
僕はベッドから出て行き、二人を扉へ促す。
「あぁ待って待って!用ならちゃんとあるある!」
霰さんがそう言うと、氷菓さんは焦りながらコクコクと頷く。
「はぁ…そう言うのは先に言ってください、それで用ってなんですか?」
僕が、そう聞くと、二人は同時に顔を合わせて、ニヤリと笑った後、僕に向けて言う。
「「下に降りてからのお楽しみ」」
「?」
その言葉に疑問を隠せず、霰さんと氷菓さんに腕を引かれ、下へと降りて行く。
そして、リビングの扉を開けるとーー
「「「しぃちゃん(時雨)(お兄ちゃん)、高校入学おめでとー!!」」」
「おめでとー!しぃくん!」
「おめでとう」
五人が大きく拍手をしてくれる。
つい、僕は面を食らってしまった。
周りを眺めると、部屋は色々と飾り付けをされており、デカデカとーー
『大好きな私達のしぃちゃん!
高校入学おめでとう!!!!!!』
と、大袈裟に書いてあった。
書いてくれたのは母さんだろうか、僕の事をしぃちゃんと呼ぶのは母さんくらいだ。
無駄に多いビックリマーク…余白を埋めるために書いたのかな…?いや、違うな、きっと母さんの事だ、はしゃぎすぎて限界まで書いてしまったのだろう。
まるで自分の事の様に喜んで。
想像するだけでとてつもなく微笑ましいな。
ふと、テーブルの方へ目を向けると、そこにはケーキがあった。
綺麗な赤色のイチゴが、そのケーキを彩る中、それを主張する様に、イチゴがその板チョコを囲んでいたーー
『高校入学おめでとう ~時雨~』
そう言えば、僕の誕生日って、クリスマスだったから、ケーキに自分の名前って書かれた事ないや。
そもそも、こんな風にお祝いされた事すら…僕にはなかったっけ…。
いつも、僕が食べていたのは、僕に向けられたケーキなんかではなかった。
誰も、僕の事なんて、気にもしなかった。
けど、今、僕の目の前にあるのは、ただ、僕にだけ向けられたケーキなんだ。
あぁ…もう…ダメだ…だって、この世界に来て、こんな事ばっかりだ。
幸せがこんな間近にあって、それを毎日の様に感じられて…こんなの、耐えられる訳ないじゃないか。
もう、耐えるのはやめよう。
この世界で、耐える必要なんて、苦しむ必要なんてないんだ。
ただ、僕が向けるべき言葉は、君に送るよ。
ありがとうーー
ー時雨君ー
「ししししぃちゃん!?え!な、なんで泣いて!?」
「時雨どうした!?どこか痛いのか!?」
「お兄ちゃんがー!お兄ちゃんがー!!」
「しぃくん!それはちょっとお姉さん予想外すぎるよ!?え、どうしよう!どうしよう氷菓姉!?」
「え!?えっとーえっとー!」
ありがとう。
「っ…ぐす…違う…違うんだよ…痛いとかっ…苦しいとか、そう言う訳じゃ…ないんだ」
ありがとう。
「そ、そうなの?」
ありがとう。
「うん…うん…そうなんだ…母さん…違うんだよ…ただ…ただーー」
ありがとう。
「ありがとう…って…言いたかっただけなんだ」
やっと、喉から出てきた。
涙で詰まったその言葉を、やっと言えた。
「しぃ…ちゃん…」
母さんの声が、震えているのがわかる。
「ありがとうって…何度も言いたくて…言い足りなくて…でも言いたくて…僕は、生きてて良かった」
死んでしまいたいとさえ、あの時は思った。
けど、死ななくて良かった、目が覚めて良かった。
目が覚めて、母さんに出会えて、姉さんに会えて、晴に会えて、皆に会えて、この出会いがあって、本当に良かった。
時雨君…君に、会えて良かった。
「本当に、ありがとう」
僕のこれからの人生は、人に、色んな人に、ありがとうって、そう言われる人生を送ろう。
きっとこれは、僕が彼に、灰原時雨君に返せる、たった一つの恩返しだから。
読んでくださりありがとうございます。
また一つ、自分が書きたいと思っていた回が書けました。




