54.お爺様の初恋
行ったか。
剣を振る手を止めて鞘に剣をしまうと扉を開けて入ってきた黒服の執事からタオルを受け取った。
「早いな。」
タオルで汗を拭きながら大きなガラス窓を開けて少し温度が下がった庭に出る。
亜熱帯な樹木の合間に作られた湧き水の傍に白い女神像が立っていた。
「シルビア。」
銀獅子と呼ばれた美丈夫は熱い瞳をその白い女神像に注いだ。
「早く君に会いたい。」
「もうすぐでございますよ、若様。」
「ハハハハ若様か。セバスにかかると私もまだまだか?」
「好きな女を守れないような男はまだまだですな。」
「好きな女か・・・。」
”銀獅子”と呼ばれた男はその白い女神像を見ながらふと脇に指した短剣に手を置いて昔を思い出していた。
そう言えばシルビアに会うのはいつも戦場でだったな・・・。
あの銀色の髪を砂漠の風になびかせて駆けていく勇姿のなんと美しかったことか・・・。
今でもハッキリ思い出せる。
本当ならあの砂漠での戦闘が終わった後彼女を自分のものにしてしまいたかったが当時の情勢がそれを許さなかった。
もう一度腰に指した短剣を撫でた。
「アレン、これを貸してあげるわ。いいわね。これは貸してあげるだけなんだから。」
そう言って泣きそうな顔で差し出された短剣は今も銀獅子と呼ばれた男の腰に下げられていた。
いつか返せる日が・・・。
彼女にシルビアに求婚できる日が本当は来るはずだった。
しかし、結局私たちはあれ以上戦争を長引かせないためにお互いの国を思って違う相手と結婚するしかあの時は方法がなかった。
だが王でなくなった今なら・・・。
アレンは腰の短剣をもう一度愛おしそうに撫でると女神像に視線を戻した。
シルビアもうすぐ君に会いに行ける。
今度こそ私は君に・・・。
庭でニヤける男の後ろで黒服に身を包んだ執事は大きな溜息を吐いた。
まったくなんでしょうかね、あのしまらないニヤ顔は・・・。
はぁーあ情けない。
若様は幾つになっても・・・。
セバスは大きな溜息を吐いた後厚手の上着を手に持つとなかなか部屋に戻って来ない主が冷えてきた砂漠の風で風邪をひかないよう足取り重く部屋の外に出て行った。




