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5.望まぬ便り

 翌朝の目覚めは最悪だった。

 自己嫌悪に罪悪感。ひどい態度を取ってしまったと落ち込んで、いや予防線を張っておくに越したことはないのだから、と己の行為を正当化する。


(……弱みを見せるわけにはいかないんだから)


 これからの一年間、つつがなく講師を勤め上げて帰郷する。

 そのためには常に己を強く保っておかねばならないのだ。だから私は、決して間違った行動は取っていない。


 無理やりそう結論づけて、堂々巡りする思考に蓋をする。

 手早く顔を洗って身支度を整えたら、コケケダマがすり、と身を寄せてきた。小さなくちばしで私のまぶたをいたずらにつつき、かすかなくすぐったさに笑みがこぼれる。


「さ、朝食に向かいましょう。今日の授業も頑張らないとね」


 ほわりほわりと【止まり木】で跳ねる精霊たちに呼び掛け、まだ慣れない自室を出る。豪華な調度品は平民同然の今の私には分不相応で、どことなく居心地の悪さを感じる。


「おはようございます、イーリック様。朝食はお部屋にお運びしなくてよろしいですか?」


「ええ、ありがとうございます。食堂でいただきますので大丈夫です」


 すれ違ったメイドに会釈をして、一階にある食堂へと向かう。

 ここは貴族や富裕層を相手にした高級宿で、特別講師をする一年間はここに滞在できるよう国がはからってくれた。むろん費用は国持ちだが、私には贅沢すぎて落ち着かない。

 魔術学院の教師寮に入れてもらえないか交渉してみたものの、「貴族のご令嬢に相応しき場所ではございませんので」と学院長からやんわり断られてしまった。


(だけど、もう一度お願いしてみようかな)


 聞けばヒルダも教師寮に住んでいるのだという。

 お世話係の先生がいらっしゃるなら安心ですし、などとうまく交渉材料に使えるかもしれない。教師寮は学院の敷地内にあり、通勤時間がかからないのも魅力だった。


 朝食を終え、出勤しようとした私を宿の受付が呼び止める。


「イーリック様。お手紙が届いております」


「……ありがとう、ございます」


 心臓がどきりと嫌な音を立て、顔が引きつりそうになった。けれどもなんとか平静を装い、私は礼を言って封筒を受け取る。


 差出人は予想通りだった。

 今は封を開けることはせず、鞄の奥にぞんざいに突っ込んでおく。気分が悪くなり、息がしづらいような感覚に陥った。


「いってらっしゃいませ」


 宿の者にうやうやしく見送られ、入口に停まっていた馬車に乗り込んだ。これもまた国のはからいで、やはり自分には贅沢すぎるとため息がこぼれ落ちる。


 馬車の中、落ち着きなく鞄を触った。

 見えないにも関わらず、手紙は強力に存在感を主張し続けている。いっそ捨ててしまおうかとも思うけれど、そんなわけにもいかない。


「…………」


 ぼんやり車窓を眺めていたら、いつの間にか馬車はもう学院内に入っていた。広い中央通りを軽快に走り、校舎の入口につけてくれる。


「おはよっ、ティア先生〜!……ありゃ? なんだか顔色悪い?」


 ちょうど出勤するところだったらしいヒルダが、目を丸くして私に駆け寄ってくる。私は慌てて無表情を取り繕った。


「いいえ? 気のせいではないですか」


「目が泳いでるってば。ティア先生ってホント馬鹿正直だよね〜。いつも目は口ほどにものを言ってるし、焦ると挙動不審になるし。目、逸らすし。めっちゃ語尾揺れるし」


「…………」


 そんな馬鹿な。


(私……私はいつだって、鉄壁の無表情を保って――!)


 愕然として立ち尽くす。

 はくはくと口を開くばかりの私を、ヒルダが紫色の大きな瞳で覗き込んだ。


「察するに、何か懸案事項があるってところかな。ティア先生は一つ悩みが発生すれば、そればっかりが頭の中を占領しちゃうタイプみたいだし。……や、違うなぁ? 一つじゃないね、その挙動不審っぷりだと。さては問題が複数発生しちゃってる感じ?」


「ふっふく、ふくすう。そそそそんなことは」


「はいはい当たりね。りょーかいりょーかい」


 軽く流されてしまった。

 してやったりと言わんばかりに笑うヒルダに、私はがっくりと肩を落とす。


(……侮ってたわ。ヒルダ先生って見かけによらず、洞察力に優れたひとなのね……)


「違う違う。あたしが特別に鋭いわけじゃなくて、単にティア先生がわかりやすいだけだってば」


「…………」


 またも見抜かれてしまった。

 私ってそんなにわかりやす……いや、そんなはずはない。「冷たい」とか「可愛気がない」とか、私に向けられる評価はいつだってそんなものだったのに。そしてそれは、私の狙い通りでもあったのに。


「ねえティア先生、今日のお昼はあたしの研究室で一緒に食べようよ! お世話係のお姉さんとして、ティア先生の悩み相談に乗ってあげる!」


「いえ、お気持ちだけで――……あ、いえでも教師寮の……あ、いえ決して国の好意を無下にするつもりはなく、あっでも今の宿だと居場所がバレていてあっ今のはナシで」


「うんうん落ち着け? 授業が始まる前に甘いお茶でも飲もっか、はいはい決定さあ行きましょー!」


「ああっでも……!」


 抵抗むなしく、意外と力持ちなヒルダにずりずりと強制連行されてしまった。

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