入学と再会3
教室がざわめき、皆の視線を一身に浴びていても、それを特に気に留める様子もなくルカは挨拶を終え席に着いた。
(この方が第二王子殿下……)
前世とは違い、この国の貴族のことはまだまだ疎いアリアでも、さすがに王家のことぐらいは常識の範囲内として知っていた。
この国には王子が2人居る。
国王と正妃との子で王太子でもある第一王子と、側妃との子である第二王子。
しかし、よく話題にあがるのは王太子よりも、第二王子であるルカのほうだった。
彼はその見目の良さもさることながら、文武両道で魔力量も凄まじく、その魔法はかなりのものだそう。
(たしか氷魔法でしたわね。なるほど、だから魔術師科に……)
自分と同い年なことも、魔力量が膨大だということも、
知識としては頭に入ってはいたが、まさかクラスメイトになるなど夢にも思っていなかった。
(でもまあ、なるべく関わらないようにいたしましょう)
前世では、王家の命により幼い頃から王太子妃教育を受けさせられ、長年王家の為に尽力し続けたにも関わらず、当時の王太子のせいで命を奪われた。
この国の王家には恨みも何もないが、わたくしは今世で
王族に関わりたくはない。
正直に言うと、もう懲り懲りなのだ。
まあ、前世とは違い一介の男爵令嬢が王族と関わることなどそうないだろうが……。
自己紹介が終わり、担任の先生から簡単に学園のルールについて説明を受け、本日の授業は終了となった。
教室ではたくさんの女子生徒がルカの机に集まり、懸命に話しかけている。
そして、他の生徒達もその様子を興味深そうに遠巻きに眺めていた。
(あらあら、初日から大変ですわね)
わたくしは自分の荷物を鞄にしまい、そのまま教室を出る。
せっかく時間が出来たので、学園の中を歩いて見て回りたかった。
◇◇◇◇◇◇
さすが貴族の子息・息女が通う王立学園。敷地が広い。
わたくしは案内図をじっと睨む。
それぞれの学科ごとに校舎は分かれており、それとは別に食堂やカフェ、図書館などの建物がある。
魔術師科のすぐ隣には騎士科の校舎があり、どちらもグラウンドに面していた。
どちらの科も実技や訓練でグラウンドを使うことが多いからだろう。
(まずは騎士科から見て回りましょう。もしかしたらテオに会えるかも……)
テオドールはこの学園の騎士科に所属している。
次期領主なのだからオリバーのように経営学科に入ると思いきや、代々グルエフ辺境伯領主は国防としての役割からか、領主としてよりもグルエフ騎士団の主として武芸を磨くことを推奨されるらしい。
だからテオドールも、幼い頃より騎士団の団員達に揉まれながら腕を磨いてきた。
わたくしは早足で騎士科の校舎へと歩いて行く。
すると、たくさんの掛け声が聞こえてきたので、そのまま声のするグラウンドへと足を向けた。
グラウンドでは騎士科の上級生達が訓練を行っているようだった。
そして、そのグラウンドの周りには、手にタオルやドリンクなどの差し入れを持つ女子生徒達が大勢居て、皆が訓練の様子を熱心に見守っていた。
制服を見たところ、ほとんどが普通科の女子生徒のようだ。
(凄いですわね。あれは、騎士科の皆様を応援してらっしゃるのかしら?)
前世で通っていた学園にも騎士科はあったが、大会ならいざ知らず、訓練にこんなにもギャラリーが集まる様子は見たことがなかった。
この国の王立騎士団や魔術師団は、皆が憧れる人気の職業だが、まさか学園での人気もこれ程とは……。
すると訓練終了の声がかかり、騎士科の生徒達がぞろぞろとグラウンドから校舎へと向かう。
それを待ってましたとばかりに、見学の女子生徒達が差し入れを抱え、お目当ての騎士科の生徒の元へと走り寄る。
(す、凄いですわね……。あら?女性騎士もいらっしゃるのね)
少し離れて見ていると、何人かの特定の生徒の周りに人だかりが出来ており、どの生徒が人気なのかが一目瞭然だった。
その人気の生徒には女性騎士も居て、女子生徒達が懸命に話しかけたり、差し入れを渡したりしている。
(あっ!)
人だかりのうちの1つに、背の高い黒髪の男子生徒が見えた。
(テオ……)
それは記憶にあった彼よりも少し背が高く、顔立ちもすっかり大人びている。
2年振りに見た幼馴染がなんだか知らない男性になってしまったような気がして、声を掛けようか躊躇してしまう。
(どうすればいいかしら……)
ここは一旦出直そうかと悩んでいると、テオドールの視線がこちらに向いた。
そして、アリアと目が合うとテオドールの切れ長の瞳が驚きに見開き、そして……
「アリアっ!」
彼はそう言うと、嬉しそうにこちらに向かって微笑んだ。
その笑顔は幼い頃からいつも見ていた笑顔のはずで、それなのに胸がドキドキとうるさい。
テオドールは周りの女子生徒達に断りを入れ、こちらに駆け足で向かって来た。
「アリア、びっくりしたよ!」
「テオ、あ、あの、久しぶり」
まだ胸がドキドキとしている。
「久しぶり。どうしてここに?入学式は?」
「あ、えっと、もう入学式もクラス発表も終わったの。それで、ここに来ればテオに会えるかもって思って」
「そうなんだ。今度僕から会いに行こうと思ってたから……そっか、来てくれたんだ。ありがとう」
テオドールがわたくしを見る眼差しはやはり優しい。
そしてふと、テオドールの背後から別の視線を感じた。しかも複数の……。
とてつもなく嫌な予感がして、そっとそちらに視線を向けると、先程までテオドールを囲んでいた女子生徒達からの強い視線に晒される。
(こ、これは……)
完全なる敵意の視線だ。
わたくしと向かい合っているテオドールは全く気付いていないようだが、わたくしには彼女達の敵意がグサグサと突き刺さる。
今この場所でテオドールと話し続けるのは危険だ。
「アリアはこの後どうするの?良かったら」
「おいっ!テオドール!」
そこによく響く大きな声で、明るい茶色の髪にヘーゼルの瞳をした騎士科の男子生徒が割って入って来る。
「お前、女の子達を放っておくなよ!……怖いだろ」
後半は小さな声だった。どうやら彼も彼女達の敵意に怯えているようだ。
そして、わたくしの顔を見る。
「この子……テオドールの知り合い?」
「ああ、幼馴染なんだ」
「はじめまして、アリア・ローレンと申します」
わたくしは男爵令嬢らしく、笑顔で軽く自己紹介をする。
以前ならば、挨拶と共に完璧なカーテシーを披露してしまっていたが、今ではすっかり田舎の男爵令嬢が板についていた。
「俺は、フィン・イリック。テオドールの同期で……ローレン?」
「はい。そうですが……」
フィンは探るようにわたくしの顔をじっと見つめる。
「その髪と瞳の色……もしかしてオリバー・ローレンの……」
「オリバーはわたくしの兄ですが?」
「うわっ!オリバー・ローレンの妹ぉ!?」
フィンのその声もよく響いた。
先程までわたくしを睨みつけていたはずの女子生徒達も、フィンの声を聞いた途端に驚きの表情に変わる。
(えっと……これはどういう状況なのかしら?)




