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第7話 決別



 ◇ ◇ ◇




 ――政略結婚に愛を求めてはいけない……。


 そう教育されてきたにも関わらず、幼き日々の優しい思い出が希望を持たせ、邪魔をしていたのだけれど……。

 脇目も振らず国の為、王子を守る為に努力してきた結果が、この理不尽な婚約破棄ですもの。淡い初恋も冷めるというもの……。


 本来は(わたくし)達の婚約式前夜を祝う舞踏会で、このような辱めを受けるとは……。


 (わたくし)も僅かに残っていた情と決別し、キッパリと腹を決めることにします。




 ベビーピンクの砂糖菓子さんに踊らされ、盛大にやらかしたこのお馬鹿さんはもう、見捨てさせていただくとしましょう。


 どうやら殿下は彼女に夢中になったこの半年間の内に、キャメロン公爵家という絶対的な守りの盾がなくなっても一向に構わないとお思いになったようですし……ね?




 ――そもそもこの婚約は、国王陛下自らが決められたもの。


 第一王子と公爵令嬢だからこそ成立したもので、双方ともに自由な拒否権など無いに等しい。

 陛下にしても、最愛の側妃の忘れ形見である息子の命を(おびや)かす、王妃の一派から守るための大切な婚姻だ。

 本人の資質や実家の力などを総合的に鑑みても、アンドレア・キャメロン公爵令嬢以上にふさわしい相手は、この国にいるはずもなかった。




 頭がお花畑状態になってしまわれたロバート王子は、残念ながらそれらの事がすっぽりと頭から抜け落ちてしまわれたようですけれど……。




 ――殿下は母君のご苦労をもう、お忘れになってしまわれたのでしょう。


 陛下のご寵愛の深さが王妃様の逆鱗に触れ、大小様々な圧力を受け続けた結果、そのご心労から早くに亡くなられたというのに……。


 伯爵令嬢だった側妃様でさえ、王室に入られて散々苦労なさったのだ。


 ましてや彼女は男爵令嬢。貴族としては最下位の爵位出身で、おまけに母親が元娼婦の平民と突っ込みどころしかない。しかも妾ではなく、正妃として迎えるという……。


 まあユーミリア嬢は儚げな外見と違って上昇志向の強い、したたかな方のようですから難なく乗り越えられるかもしれません。


 ――お二人が、婚約破棄後も無事に生きていられれば……ですけれど?




 後ろ盾を失った王子と様々な貴族から恨みを買っている男爵令嬢では、王妃様はもう一切、ご遠慮なさらなくなるでしょうから。 精々お気をつけあそばせ。


 今も扇で上品に口元を隠し、泰然と座っていらっしゃいますが、目障りな第一王子を堂々と排除出来るまたとない機会に、溢れ出る愉悦を隠しきれていません……。


 憎い側妃の子で、ご自分の子である第二王子の立太子を邪魔する可能性のある唯一の存在だった第一王子。

 その王子自らが、キャメロン公爵家の後見を放棄するという失態を犯してくださったんですもの。


 ……笑いが止まらないでしょうね。




 元よりこの婚約に反対だった私の両親は、長年庇護してきた王子から対面を汚され、今も静かに憤っておいででしょう。

 けれど、最終的にはこれで聖女への道が開けたと歓迎される筈です。殿下に愛想が尽きた今となっては、(わたくし)も嬉しいですけれど……。




 今までなら、いくらロバート王子が、(わたくし)との婚約を破棄し、お気に入りの男爵令嬢を王子妃にしたいと訴えても、白紙に戻すなど()()()()()()()


 しかし、第一王子個人の婚約破棄宣言に効力はなくとも、衆人環境の中で行われてしまった為に、国王陛下と言えど庇いきることは難しくなったはず。




 この状況を利用し、如何にして公爵家に有利となるよう話を運ぶか、聖女として返り咲けるか……腕の見せ所ですわねっ。


 お父様の方をちらりと見たら、やったれというような心強い視線をいただけた。


 ――お任せくださいませ……。


 公開処刑のようなこの状況を、見事ひっくり返してご覧にみせますわっ。




 ◇ ◇ ◇




 ――静まりかえった舞踏会の会場に、宰相子息であるレオン様の糾弾する声がよく響く。


「先程図々しくも身に覚えがない等とおっしゃっていたが、貴女がユーミリア嬢にした数々の嫌がらせは彼女から直接聞いている。私たち全員が知っているんだ。最早、言い逃れはできないでしょう」


「まあ、どのようなものでしょう?」


「……白々しいっ。同じ年頃の令嬢達に彼女を爪弾きにするよう指示を出していたくせに。いくら彼女の方から歩み寄ろうと努力しても冷遇され、令嬢同士のお茶会にも招待されず、いつも孤立していたんです。殿下の寵愛を受ける彼女に嫉妬し、貴女がかの令嬢たちを操っていたに違いないっ」


「あら、王子妃になれない身分の男爵令嬢に、何故(わたくし)が嫉妬しなければいけないのかしら? ひどい言いがかりですこと」


「……っ!」


 言葉に詰まったレオン様の代わりに、子爵家の次期当主予定のヒューゴ様が続けて非難の言葉を上げた。


「ま、まだありますっ。一番最近だと、先週行われた宰相閣下のお屋敷で起こったガーデンパーティーでの事、お忘れとは云わせませんよっ。楽しみにしていた彼女が来て早々、帰りたいというので嫌な予感がして確認してみれば、ドレスに大きなシミがついているではありませんかっ。パーティーに参加していた令嬢方に飲み物をかけられたと。貴方のご指示でしょう?」


「それにも全く身に覚えがありません。ご自分で粗相されただけではないの」


「そんな!? ひ、酷いっ。私、嘘なんてついてないのにっ。またそうやって、私を苛めるんですねっ」


 ハラハラと涙を流し悲痛に叫ぶ彼女を優しく慰めながら、第一王子がこちらを睨んで声を荒げる。


「言うに事欠いて何てことをっ」


「では、あなた方はその目で直接、現場をご覧になったと嘘偽りなく神に誓えますのね?」


「そ、それは……」


 アンドレアの指摘に、取り巻きの青年貴族たちは慌ててお互いの顔を探るように見合わせる。


「わ、私はヒューゴ殿からそうお伺いして……ヒューゴ殿は?」


「惨状直後のうちひしがれた彼女を見ています。丁度その瞬間に立ち会われたのは、ユーミリア嬢をエスコートされていたレオン様ですから。彼から直接伺っていますが……レオン様?」


「……っ! そ、それは……。私も直接の現場を、見たというわけでは……彼女がそう言っていたので」


「……つまり、どなた様も決定的な瞬間をご覧にはなっていない……と?」




 何なんですの、その伝言ゲームのような不確かな証言の数々は……。



 ――皆様、手ぬるくてよ。



 本当に(わたくし)を断罪し、追い詰める気がおありなのかしら?







 ――アンドレアの冷静な指摘に、思わず狼狽えてしまったレオン。


 しかしそのタイミングで、ユーミリアからこぼれ落ちそうな、涙をいっぱい含んだ瞳を向けられる。


 上目遣いですがるように、うるうると見つめられて保護欲が刺激されたらしい。


 勢い込んで今度はこう言ってきた。


「い、一瞬の隙を突かれたんだっ。丁度その時、彼女に頼まれ飲み物を取りに行っていたのです。少しだけ目を離した、その隙にやられたのですよ。虎視眈々とユーミリア嬢に嫌がらせをする機会を狙っていたに違いありません!」


 ……成る程、飲み物を……ねぇ?


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()仕掛けたという訳ですのね……こうして(わたくし)を悪役にするために。


 それは確かに、虎視眈々と捏造する機会を狙っていたに違いありません。


 ……しかし、このような稚拙な手にコロッと引っ掛かってしまわれるなんて、残念過ぎますわ……。


 あなた方、少しチョロすぎではありませんこと?




「……そのパーティーには(わたくし)、諸事情があって出席すらしておりませんのに? 何をどう狙って出来るというのです?」


「ふんっ。そこが貴女の腹黒いところです。自分の手を汚さずに、他の令嬢方を使ってあんな卑劣な嫌がらせをしたに違いない。可哀想に彼女は貴女に怯え、ひっそりと泣いて耐えるばかりで……見ていられませんでした」


「仮定の話をいくらおっしゃられても、何の証拠にもなりませんわ。それに彼女の涙と主張だけを聞いて、一方的に真実であると信じてしまわれる方々と、公平な議論が出来るとは思えません」


「策謀を張り巡らす貴女と違い、純真そのものの男爵令嬢であるユーミリア嬢が嘘をつく筈もないし、その言葉は疑い様もないだろう。それだけで充分ではないかっ」


 ――何なんですの。


 証拠を挙げ証明していく場での、その精神論的な理屈は……?


「……では、公爵家令嬢である(わたくし)がそんな事実はないと証言すれば、それも充分な証拠だと言えますわね?」


「何だと、口先だけで証拠もない貴女が何を言う!?」


 ……。


 (わたくし)、ここで笑って差し上げるべきなのかしら?


 彼女の側にいるだけで何故か知能が低下し、頭の中までお花畑になってしまうみたいですわね……。






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