第62話 個性的な部隊員達
ワチャワチャしている三人の背後では、マリエッタ・ソルジュ分隊長が大変なことになっていた。
少し目を離した隙に、いつの間にかドヨンっとしたおどろおどろしい背景を背負い、光の消えた目で虚空を見ていたのである。
「ふんっ。どうせ私は、婚約者に捨てられるほど強すぎる女だよ……」
「ぶ、分隊長……?」
「……ふんっだ。何が君は強いから一人でも生きていけるよね、だ……」
ブツブツと低くつぶやかれる暗い声が薄暗い尋問室に響く。
「思わず守ってあげたくなるようなか弱くて可憐な女じゃなくって悪かったなぁ、ああん!?」
沸々と沸き上がる激情のまま、思いっきりバンっ、と机を叩く。
その勢いを受け止めた机からは、衝撃に耐えきれなかったのか、ミシリっと不吉な音がした。
「ひぃっ」
どうしよう、とレイラは思わず助けを求め、シンディ・オーウェンの顔を見る。
助けを求められたシンディも、目を見開き、顔を引きつらせていた。
冷静で余り表情が動かず、何を考えているか分からないと言われ続けてきた人だが、この部隊に来て随分と変わったものである。
彼女本人は、鋭い推察力でいくつもの問題を解決した非常に優秀な近衛隊員だ。
しかし一人で手柄を立てすぎたため歴代の上司に煙たがれ、第二分隊に配属された経緯を持つ。
だが、近衛総隊長と互角の戦闘能力があり『破壊者』の異名をもつくせに、恋愛方面だと夢見がちな乙女である分隊長相手だと勝手が違うようで、ペースを乱され勝ちである。
「うわぁ……今の一撃でこれは、ヤバいですね」
「シンディ、何でもいいから策を考えてくれっ」
分隊長ご自慢の戦闘力の高さもあって、早くしないと周囲への被害も大きくなってしまう。
「う、う~ん? しかし副長。恋愛に関しては私もちょっと苦手でして、どう対処すればいいか……」
「そ、そんなこと言わずにっ。いつもみたいにこう、パパっと策をっ」
「いやいやいやっ。ですから副長、無理ですって」
先輩二人がヒソヒソと対応を相談している間にも、無情に時は過ぎ……。
またしてもこの人がやらかす。
「べ、別に全然傷ついてなんていないしっ。あんな男、こっちから願い下げだったしぃ!?」
「ですよねっ。分隊長を捨てる男なんてお呼びじゃないですよっ。こっちから捨てちゃえばいいんですよ!」
「そ、そうさっ。捨てちゃえばっ、捨てちゃお……捨てられ、て……う、ううっ、うわあぁぁぁん!!!」
リリィの放った「捨てる」という単語に婚約を破棄されたことを連想し、わっと泣き伏すマリエッタ。
「ちょっ、リリ! 今、解決策を相談していたのに、お前って奴は!」
「またかっ、またなのか!? 何でそうやって火に油を注ぎに行くんだよぉ!?」
「す、すみませぇんっ、先輩! 私、お慰めするつもりで悪気はこれっぽっちもっ……って、ま、またやっちゃった……感じです、か……!?」
「「リリィい――――――!!!」」
「お前の口は災いの元すぎるのよ!」
「余計なことをいうのはこの口か!? もう、このこのっ、こうしてやる――!」
副長がリリィのほっぺをミヨンっと引っ張りながら怒鳴る。
「ひゅ、ひゅみましぇん~、ふくひょう~」
「暫くしゃべるんじゃねぇっ、反省してろ!!」
ミヨン、ミヨンとよく延びる柔らかいほっぺは癖になる感触で、気持ちが荒ぶると言葉も荒ぶってしまうレイラ・スタンフォード副長もつい、癒されそうになってしまう。
だが今はそれどころではない。
誘惑を振り切り渋々手を離すと、しっかり釘を刺したのだった。
「は、はいっ、了解でありまぁす!」
ビシッと敬礼して、いい返事をするリリィ・ヴァシリー。
こいつ、本当に分かってんのかなぁ、と若干不安になりながらも口さえ閉じていれば優秀なので、彼女は一旦放置することした。
――今度こそ、放置で大丈夫だろう……多分。




