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第61話 因縁 後編



 結婚秒読みだった婚約者に裏切られ、微妙なお年頃なのと本人自身の問題もあって次の縁談もなく……今もずっと傷付いている隊長を相手に、何てことを言うんだとレイラとシンディの顔が引きつる。


 そんな二人の気持ちも知らず、おしゃべりが大好きなリリィは怒涛のように持論を捲し立てた。


「近衛全体の中でも指折りの強さと美しさを持つ分隊長でさえ、彼女の前では通じなかったんですよね? アンドレア様だってそう……警護を担当させて頂いた時、間近で拝見してこんなに綺麗な人がこの世にいるんだって思って。それなのに第一王子殿下はあの女に乗り換えたんですよ! 信じられないことに! 私の婚約者なんてチョロいですからね、もうイチコロですよっ。彼が誘惑される前に捕まってくれて本当に良かったです。私も婚約破棄されちゃうとこでした。私の中で彼女は、絶対に側にいて欲しくない女ランキングぶっちぎりの一位ですね!」


 言いたいことを言い切ってスッキリと満足げなリリィ。


 彼女は考えることが苦手な脳筋なので、先程からの深刻な雰囲気に耐えられなかったらしい。


 身内しかいない気楽さもあって本音をぶっちゃけてしまったようなのだが、言っている内容が非常にまずかった。



 ――先輩二人の顔から、サァーっと血の気が引いた。



「んなっ、おバカリリィ! お前、ちゃんと人の話を聞いてた!?」


「そうですよ。禁句だって教えたでしょうがっ。重ねて地雷を踏みに行く奴があるかっ」


「え、え、えっ……?」


 思いがけない場所で再会したユーミリアに、婚約破棄の記憶を刺激され傷心中のマリエッタ。


 それでも尋問中は任務だからと割りきり冷静だったが、心の中まで平静な訳がない。


 部隊員たちはそんな彼女を気遣って、当分は『強い女』とか『婚約者』とかの話は禁句中の禁句にしようね、と決めたはずである。




 余計なことを言わないようにと、慌てて袖を引こうとした時にはもう遅くて……。


 レイラとシンディが隊長の怒気に押されて固まっていた一瞬の隙を突いて、この余計な一言をつい言っちゃう系の後輩は、今日も変わらずトラブルメーカーとしてしっかり爆走してしまったのだ。


 止める間もなく、ペロッと禁止用語を口にされちゃった時の先輩達の気持ちを察してほしい。頭を抱えたい気分だったはずだ。




 残念ながらリリィは騎士としては優秀だが典型的な脳筋なので、考えて喋るということがとても苦手である。


 先輩達の、思い付きをすぐ口に出すな、喋る前に一旦考えろというありがたい警告は、こうしてよく忘れられてしまう。


 しかも本人には本気で悪気がない。指摘されれば理解するし、謝って反省する素直さもあるので妙に憎めず強く言えないのも困ったところだ。


 近衛騎士団第二分隊の他のメンバーがみんな個性的なのもあって、先輩たちの許容範囲のハードルが低くなっていたのも有利に働いたのだろう。

 この部隊に来てからも色々あって衝突もしたが、結果的に適度に可愛がられるポジションおちついている。


 なんにせよ、彼女にとっては近衛騎士団に入隊して以来、初めてといっていいくらいありのままの自分を理解し受け入れてくれた居心地のいい分隊なのだ。隊員達をよく慕っており、彼女なりには努力しているのである。




 とは言うものの、いくら懐の深い先輩達だって譲れない境界線というものはあるわけで。


 今回、その許容範囲を越えた彼女に、二人の先輩は堪忍袋尾が切れた。


 そして怒鳴られたアホの子はと言うと……。


「え? あっ、ああぁぁぁぁぁ!?」


 ようやく何に怒られているか、思い至ったらしい。


「そうだったっ、先輩に『禁句』こと言われてたのにぃ……ちゃんと教えてもらってたのにわたしったらまた……やってしまったです……か」


「気づくの遅すぎ!!!」


「口に出す前に気づけよ、このお馬鹿!!」


「ふぎゃんっ」


 副長達からの鋭いツッコミを一身に浴びたのであった。






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