第57話 地下牢にて
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グランディールとアンドレアが、ラグナディーンの宝物殿にて三つのお宝を手に入れ満足していた頃……。
魔術師の塔の隣に並び立つ、黒の塔の一室に入れられたユーミリアが不満を爆発させていた。
「何故私がっ。王子妃になる予定の高貴な身分の私がっ、こんなところに入れられないといけないのよ!?」
初めはここより随分とましな貴人用の牢で軟禁されていたのだ。最低限の家具はあったし風呂は付いてなかったもののトイレは個室で、まだプライバシーも保たれていた。
だが、ロバート第一王子たちを煽動して婚約破棄騒動を起こした主犯として、収監されたその夜のうちに貴人用の牢から連れ出され、薄汚い地下牢へと移されてしまう。
これはひとえに国王陛下達が迅速に事を処理したためである。
ユーミリアには元々いくつもの疑惑があったのだが、今回は罪のない公爵令嬢に冤罪を着せようとした上、魔法を悪用し王子達を洗脳した疑惑まである。
国王陛下や大勢の貴族達の見ている前で行われており、もはや言い逃れは出来ない大罪だった。
即日、貴族籍を抜かれるのに十分な理由だったので、法的な手続きが終わり次第、貴人用の特別牢から庶民用の地下牢へと速やかに移されることになったのである。
今いる場所には不満しかない。
窓も小さく昼間でも薄暗い部屋は、小さな虫が這いずるカサカサという耳障りな音がするし、どす黒い染みのある石の床は不気味ですえた匂いが鼻をつき、不衛生で気持ち悪かった。
貴人用の牢にはあったトイレもここにはなく、壺が一つ置いてあるだけ。そこで用を足すのだが、毎日中身を捨ててくれる訳ではないので糞尿匂いが充満して身体中に染み付いてしまう。気が狂いそうだった。
それに同じ階には別の囚人も収容されているらしく、甲高くて耳障りな怒声や気の触れたような笑い声まで聞こえてくるのだ。
「前の部屋の方がまだ、我慢できたわ……」
ここは魔力を封じなければならないと判断された、重罪人が収容されると聞かされた。
その上、貴族籍を抜かれたことも知らされており、牢を移されたのはその為で、庶民の囚人牢に放り込まれたのも理解している。
机も椅子もなく唯一ある家具はベッドだけ。そのベッドも硬くて小さいし、少しの動きでギシギシと嫌な音を立てる。必要最低限の作りなのだろう。
「喉、渇いた……」
まるで小鳥が囀っているかのように可憐だと褒め称えられた声は、水不足でカラカラに乾き老婆のように掠れている。
「このブレスレットさえなければ、水魔法でいくらでも水を出せる。洗浄魔法や灯火魔法も使えるのにっ」
特に危険な魔術関連の罪人という扱いなため、ブレスレット型の魔力封じの魔道具を付けられている今のユーミリアには、簡単な生活魔法を使うことさえ出来ない。思い通りにならない状況に、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
――そして今日も、長時間の尋問が始まる。
男性だといつまた彼女の毒牙にかかるか分からないため、食事などの世話だけではなく尋問もすべて女騎士が行っているのだが……。
「弁解の余地があるのなら聞こうか、ユーミリア」
「……」
繰り返し同じ質問をされた後、黙秘し続ける彼女にいつもとは別の問いかけをする。
しかしユーミリアは肩をピクリと跳ね上げ反応しただけで、固く口を引き結び答えない。
尋問官に敬称無しで名を呼ばれる度に、平民落ちして貴族の特権を奪われたことを思い知らされるのだ。
もう少しで貴族女性としての最高の地位……王家の一員になれる王子妃という地位を手に入れる寸前だった彼女にとっては、耐え難い屈辱だった。
俯いたまま、湧き上がる怒りに体を震わせる。
「どうした。何時まで黙秘を続けるつもりだっ。釈明はなしということでいいのか?」
「己の罪を認めるんだな?」
固い声で続けて詰問していると、ゆっくりと彼女は顔を上げた。
「私はっ、何もしていないっ」
「魅了魔法を使ったんだろう?」
「何もしてないったらっ。知らないものを何度聞いても無駄よ!」
そう叫ぶと、息を荒くしながら恨みのこもった目で尋問官を睨みつける。
後ろ手に椅子に縛り付けられ、朝からずっと詰問されているというのに感心するほど全く挫けていない様子だ。




