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第51話 巣作りのきっかけ



 飽きることなく時を忘れて見つめていたら、吸い込まれそうに大きな金の瞳と目があった。


『どう?』


 頭の中に直接響く竜の声。人型を取っているときよりももっと深みのある、体を芯から揺さぶるような魅力的な美声だった。


「この上もなく優美で、素敵なお姿ですわ……」


『そう? うれしいな』


 彼女の称賛に、太陽のような金の目を煌めかせ、嬉しそうに声を弾ませると、身体を丸めてはるか頭上にあった頭を慎重に下げてきた。全身を覆う艶やかに煌めく硬質な鱗は見ている分なら美麗なのだがとても鋭い。気をつけないと人のやわな皮膚は裂けてしまう。


 ゆっくり時間を掛けて、アンドレアの腕では抱えきれないほどの首が真横に来た。

 目を伏せた彼の体に誘われるように手を伸ばし、注意深く撫でると、いっそう金の瞳を細めて心地良さそうに体を寄せてくる。


『愛してるよ、アンドレア』


「あ……」


 好きだ、愛しいという感情を乗せた甘い音が、直に送られてくる。彼女が思っていた以上に、脳内へと直接響くその声は魅力的すぎて危険だった。

 体の中から揺さぶられているようで腰が抜けそうになる。咄嗟に目の前の大きな顔へとヒシッと抱きついた。そうすることで、彼の言外に溢れる想いに答えたのだった。




 ラグナディーン達は少し離れたところから、そんな仲むずまじい二人を見つめていた。


『うん。若くて力のあるいい水竜だね』


「うむ。あんなにちっちゃな卵だったものがのう……立派になったものじゃ」


 そう言い交わす彼らは、息子の成長を感じて感慨深そうだった。


『さて、では一度帰ろうかな。また他の息子達が羽化しそうになったら来るよ』


「分かった。ゆっくりお休み」


『うん。じゃあ皆、またね』


「あ……」


 息子の成長した姿を見て満足したグランディールの父竜はそう言うと、あっけなくフッとかき消えてしまった。と同時に彼も竜体を解き、アンドレアの手をとった。


「……行って、しまわれましたわね」


「うん。でも今日は、随分と長く留まってくれていたから。お疲れなんだと思う」


「そう、なんですのね」


「何、心配はいらぬ。そなたたちには長く感じるであろうが、きっともうすぐ 傷も癒える。この国の聖属性持ち達の治癒の力が、これまでずっと彼の助けになっておるからの」







「では、グランディール、そなたには成竜になった祝いを、アンドレアには妾の聖女となった着任祝いを、そして最後に二人が互いを得た祝いの贈り物を纏めて贈ろうかの。妾の宝物殿へ行き、好きなのを三つ持ってくるが良い。どんな宝物でもよいぞ」


 神竜がこの場所に巣を作ると決めて以来約二百五十年……溜めに溜め込んだ宝物殿の中のお宝を、選ばせて貰えることになった。祝い事が重なったとはいえ、大切な宝に制限を設けず、何でも三つ選んでいいとは、随分な大盤振る舞いである。




「ありがとうございます、母上! アンドレア、母上の宝物殿はとても巨大でね、今尚、拡張を続けているんだ。だからその中に収まっているお宝もすごい量で、ずっといても飽きないくらい素晴らしいんだよ」


 ラグナディーンからのお祝いは、お宝が大好きな竜好みだった。好きなものを三つも選ばせて貰えるということで、一気にテンションが上がったらしい。

 今すぐにでも宝物殿の中へ飛び込んでいきそうなほど、そわそわしている無邪気な姿に、アンドレアの気分も高揚する。愛する人が幸せそうに笑ってくれているだけで、彼女も幸せなのだった。


「まぁ、か、可愛い……ではなくって……きっと素晴らしい所なのでしょうね! 実は(わたくし)も是非、拝見したいと思っておりましたの。素敵な贈り物をありがとうございます、ラグナディーン様」


「喜んで貰えて何よりじゃ。それに、そなたには一度、妾自慢の宝を見せる約束だったしの」


「ええ、そうでしたわね。でも、こんなに早くその機会に恵まれるとは……とても嬉しく思います。光栄ですわ」


「へぇ、母上とそんな約束してたんだ……」


 あら、少し不機嫌そうですわね?


 今の会話での中で、どこにそんな要素があったのかしらとアンドレアが小首を傾げていると、彼は何かを振り切るように軽く頭を振ってから瞳を覗き込んで囁いた。


「でも、まだ見てないんだよね? 私が初めて案内することになる?」


「え? ええ、勿論。初めてですわ」


「そう、だったら良かった」


 それを確認すると、満足げに頷いた。何だか分からないが、ご機嫌が治ったようで何よりである。


「ええ、ですからとても楽しみなんですの。グランディール様は中の様子をよくご存知だとお伺いしておりますし、よろしくお願いいたしますわ」


「任せて欲しい。ちょっと厄介なところもあるけれど、兄弟達との遊び場だったからね、ちゃんとエスコート出来る。でも、三つか……選べるかな?」


「ふふっ、素晴らしさに目移りしそうですわね?」 


「そうなんだ。あの中から選ぶとなると、かなり大変になると思うんだ……」


 真剣に悩み始めたグランディールを見て、ラグナディーンがある提案をした。


「ふむ。ではこういうのはどうじゃ? どうせならなら、そなたの巣作りを想定したものにする……というのは? 半身を得て一人前の竜になったことじゃし、早く自分の巣を持ちたかろう?」


「あっ、それいい! さすが母上、天才!」


「ホホホッ、当然じゃ。半身を得たばかりの竜が考えることなど、妾にはお見通しなのじゃ」


「フフフッ、私たちの巣かぁ。心置きなく半身と一緒にいられる、誰にも邪魔されない場所……素敵だ。良いものを選んでおかないと」


 グランディールはまだ見ぬ理想の巣を夢見て、うっとりしながらそう言ったのだった。





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