第5話 出会い
◇ ◇ ◇
「初めまして、アンドレア嬢」
「初めまして、第一王子殿下。お目通りが叶い、光栄に存じます」
「こちらこそ、お会いするのを楽しみにしていました。よろしくね」
「はい、殿下。よろしくお願いいたします」
初めて会ったロバート王子は、アンドレアとよく似た煌めく金の髪と、澄んだ碧の瞳を持つ、幼いながらも人目を引く美しい容貌を持った少年だった。紹介された婚約者に、少しはにかみながらも挨拶をする時の、明るい笑顔は可愛いらしかった。
母親を亡くし、寂しい思いをしていた王子は、国の守護聖獣である神竜と何度も会っているという、婚約者の少女と会うのを楽しみにしていたらしい。
初対面の印象はお互い悪くなかったようで、緊張しながらも相手を意識し、ソワソワとしている微笑ましい雰囲気に、見守っていた大人達もホッと力を抜いた。
挨拶を交わした後は二人だけにされ、春の花々が美しく咲き誇る王城の庭園を、時折言葉を交わしながら、王子の案内でゆっくりと散策する。
つる状のバラを這わせて作られた、まるで絵本の中に出てくるようなロマンチックなパーゴラではティータイムも楽しんだ。
王子が聞きたがっていた神竜の話題で会話も弾み、お茶会が終わる頃にはすっかり打ち解けあっていた。
別れる際には、王子の母君がお好きだったと言う、庭園に咲いていた可憐なピンクのバラの花を自ら摘み取り、小さなブーケを作ると、少し恥ずかしそうにしながらもソッと手渡してくれた。
「今日、貴女に会えた記念にこれを……」
「まあ殿下、嬉しいですわ。ありがとうございます」
「これからも時々、この場所で会ってくれるかい? また、神竜様の話を聞かせて欲しいな」
「はい、殿下。喜んで」
――王子が初めて彼女に贈った、可愛らしいプレゼント。これは長い間、アンドレアの大事な宝物となる。
彼にとっても大切な母君との想い出のバラの花。その花が咲かない季節でもご覧になれるようにと、早速、押し花にして栞を作り王子にも差し上げた。
優しい想いが込められた手作りの栞を受け取ったロバート王子は、彼女の期待以上に喜んでくれて、常に手元に置き、大切に使ってくれるようになる。そんな小さな事がとても嬉しかった。
第一王子の身を守るために要請され、正式な聖女になる道を諦めて受け入れた政略結婚ではあったが、彼女はこの時、心が軽くなるのを感じたものだ。
十七歳で正式な婚約式をするまでは、まだ沢山の時間がある。彼との間になら愛を育めそうな予感がして、期待に胸を躍らせた。
――この時には確かに、幼いながらも共に将来を生きていこうとする確かな絆と、暖かい信頼関係が生まれつつあったのだ。
その後も王城にて、二人は定期的に交流を続けることになる。
あの頃はまだ、殿下より少し年長の優秀な少年たちが周りに控えていた。婚約者と同様、幼少時からロバート王子と共に勉学に励み、信頼関係を築かせ力になって貰う為、苦心して王が集めた者達だ。
アンドレアはそんな少年達とも交流を深めていく。共に第一王子を支える同士として、真摯にお仕えしようと誓い合った。
だが、キャメロン公爵が後見についたとはいえ、建国以来続く名門一族出身である王妃の派閥の勢いを止めるのは難しかった。彼女の産んだ第二王子が成長するにつれ、その権勢は日増しに強まっていく。
王家の血を濃く引き、希少な聖魔法の持ち主で聖女候補であるアンドレアを排除するのは厳しい。
そこでまずは優秀な側近候補達に狙いを定め、第一王子から引き剥がして、彼を守る力を一枚ずつ削いでいくことにした。
王の目を掻い潜り、あれこれと搦め手を使って圧力を加えて揺さぶり、己の陣地に取り込み、結束を切り崩しにかかる……。
虚像と裏切りの横行する王宮で守るべき母親もなく育った彼は、次第に疑心暗鬼になっていく。
――心から支えようとしたアンドレアや側近たちさえも、次第に信じられなくなっていってしまう程に……。
◇ ◇ ◇
幼い頃から英才教育を受けていたため、それなりに優秀ではあったが、何か目を見張るような才能に恵まれていたわけではないロバート王子。
成長するに従って、神竜のお気に入りで自分より才気溢れる存在に成長していく婚約者のアンドレアに劣等感を覚え、事ある毎に口うるさく正論を唱える側近達をうっとうしがって遠ざけるようになる。
そんな事が度重なると、王妃派からの圧力にも耐えて残っていてくれた側近達とも段々と疎遠になっていき、彼自身も激情しやすく疑い深い青年に成長していってしまう。
勿論、この王子の変化は望ましいものではなかったが、彼の置かれた立場を考えると同情の余地もあった。
アンドレアは婚約者として少しでも力になれればと、お妃教育の他にも将来を見据え、経済学や外交、魔法学などの勉学に必死に打ち込んでいく。
そのことがより一層、王子の劣等感を刺激し、苛立たせる事になるとは知らずに……。
そんな王子のささくれだった心の隙間に、例の男爵令嬢がするりと入り込んできたのである。




