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第49話 ずっと一緒



 竜と人では常識も価値観も何もかもが違う。それを感じさせるあまりに過激な発言にギョッとして思わず声を上げてしまう。


「グランディール様!」


「でもこれが竜の本能なんだよ、アンドレア」


「本能、ですか……」


「そう。私だって、君や母が愛するこの国を害したくはないけれど、どうしようもないんだ。手に入れるまで収まることのない、魂の渇えだから。欠けた半身を渇望する衝動は誰にも止められない。だから、今はそうならなくて良かったと思っている」


 もし、ロバート王子に婚約破棄されてなかったら、グランディールは成竜になった途端、アンドレアを問答無用で攫いに行くはめになっていただろう。まさに危機一髪といったところ……危なかった。守護聖獣一家とグローリア王家との間に、 取り返しのつかない亀裂が入るところだった。


 竜の魂の半身に関しては、例え相手に伴侶がいようと竜族に最優先権がある。この世界で唯一といってもいい共通の、不可侵の取り決めであった。 理由は言わずもがな……敵に回すとなると神のごとき力を持つ恐ろしい生き物だからで、人の国など簡単に滅びてしまうからである。想定される被害の大きさが、えげつないのだ。

 表立って揉めることはないだろうし、膨大な力の差から戦いになりようがないが、それでもその後の不和は避けられなかったであろう。

 竜は基本、下界との関わりを持たないのだが、半身に関してだけは特別なのだ。彼らの執着の深さを知っておかないと大惨事になると、改めて震撼したのだった。


 口をパクパクと開閉させるしかできなくなったアンドレアは、見ていて面白かったらしく、彼は少し表情を和らげて笑った。

 しかし、それから急に笑顔を引っ込め真剣な顔をしたかと思うと、ジッと目線を合わせてこう言ったのだ。


「繭を抜け出す直前、次第に外部との交信が可能になってきてね。その時に君の気配を感じたんだ。早く会いたくて堪らなかったよ。近くにいることが分かっているのに会えない一分一秒が、とても長く感じた」


「……グランディール様」


 彼の切なく響く声が、鼓膜を震わせ、彼女の胸を締め付ける。こんなにも美しくて偉大な種族に、彼女だけを一途に求められると、照れる気持ちよりも先に想いの深さ打ちのめられそうなる。自分は同じくらいの愛を彼に捧げられるのか……。 


「君が私の半身で、永遠の恋人だと確信したときは、嬉しかった。……だからね、愛しいアンドレア。これからはずっとそばにいて、離れずに一緒に生きて欲しい。私を残して何処にも行かないで……」


 再び掻き抱かれた身体は軋むほど強く、でも彼の腕は震えていて半身として出会ったばかりの喜ばしい瞬間であるというのにもう、失うことへの怯えがあるのが伝わってきた。


 世界最強と謳われる竜族の、心の闇を見せつけられた気分だった。


 これほど近くにいるというのに彼はまだ不安らしい。その証拠に、密着した箇所から、彼の心の臓がドキドキと早鐘を打っているのが伝わってきた。ちなみに彼女の方は、ときめきから胸の音が聞こえてしまいそうなほど高鳴っていたのだが。




 アンドレアは彼の焦燥を何とか取り除いて差し上げたいとの思いから、きちんと思いを言葉にして伝えることにした。

 顔を上げ、身じろぎする彼女に気づいて腕の拘束を緩めてくれた彼を仰ぎ見る。

 シャープな頬に、すっきりと鼻筋の通った形のよい鼻、光を弾く水銀色の髪に怜悧な金の瞳という、硬質な印象を与える色彩を持つ、若々しい竜族の貴公子。


 怖いくらい完璧に整った美貌と圧倒的な力の持ち主が、世界でたった一人、アンドレアだけに情熱的に愛を囁いてくれる。彼女の心を捕らえて離さない大切な恋人は今、美しい金の瞳を不安げに揺らしていた。


「はい、グランディール様。(わたくし)もお慕いしております。貴方様を置いて、何処にも行きませんわ。ずっと一緒に生きていきましょう」


 少しでも安心してもらえますように……と想いをのせて紡いだ言葉は、しっかりと彼の心に伝わったらしい。

 固唾を呑んで聞いていた彼が思わず大きく目を見張った。それから彼女の頬を愛おしげに撫で、やっと綺麗に笑ってくれた。


「うん、アンドレア。ずっと一緒だ」




 アンドレアがその笑顔にホッとしながらも見とれていると、またまた二人の世界に入りかけた彼らの気を引くように、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。


「おほん。さて、よいかな? では時間も押してきている事ではあるし、ちゃっちゃと進めてしまうぞ?」


 グランディールとアンドレアは互いに幼馴染みのようなもので、初対面ではないが、運命が選ぶ魂の相手としては初の会合である。

 親である彼らも通ってきた道だし、身に覚えのある感情で、周りに気を配るつもりがない息子の溺愛っぷりもよくわかる。




 しかし、無粋だと言われようが、強引にでも隙を作って、イチャコラしている二人の間に割って入らなければいけない時もあるのである。ラグナディーンの半身は、そう長くこの場所に止まれない……何しろ今は、実体のない幽霊のようなもので、早く湖の底にある本体に帰らなくては行けないのだから。






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