第44話 運命の相手
ワクワクしながらじっと見詰めていると、繭が一際、大きな光を発する。
「きゃっ!?」
予想外の眩しさに、思わず目を閉じてしまったアンドレア。
その間に、シュルリッと糸がほどけるように繭の外層が剥がれ落ちていき、その都度、光の粒となって弾け散っては消えていった。
「いよいよじゃ」
――孵化が、始まる。
繭を脱ぐ際、思いの外瞬く光で視界を奪われ詳細が見えなくなったが、目が慣れてくると現れた成竜が人型をとっているのが分かる。
次第に光が弱まり、影しか見えなかった姿もしっかりと視認できるようになった。
空中に浮かんでいたのは、アンドレアとほぼ変わらないくらいの大きさの、人の姿をした年若い男性体。見た目は彼女と同年代くらいに見える。
無事に変化の術も身についているようで、安定した美しい姿だ。
ラグナディーンによく似た配色を持つその人の、瞼が震え、薄らと目が開く。
そして、強い輝きを持つ金の瞳が、迷うことなく一点に注がれると、愛しい姿をしっかりと捕らえたのだった。
―― 視線が絡まった、その瞬間……。
アンドレアは、まるで吸い寄せられるかのように彼から目が離せなくなった。
強い意志を感じさせる金の瞳に囚われ、拒むことが出来ない。そして唐突に、自分はもう、彼に捕まってしまったんだと理解した。
でも、不思議とそれを拒もうとは思わなかった。彼女もまた、理屈ではなく心が震えるほど惹かれているのを感じていたから。
彼が生きて、側にいてくれる……ただそれだけで、途方もない愛しさと安心感に包まれていた。
孵化したばかりの成竜もまた、一目見ただけで、誰に教えられなくても、彼女が自分にとってかけがえのない半身……魂の半分であると確信していた。
長い時を生きる竜の、心の拠り所として用意された運命の相手。竜の本能が、アンドレアこそが求める相手……手放せない唯一だと告げてくる。
ひとたび出会ってしまえば、どうしようもなく惹かれ合うといわれている、魂の半身が目覚めてすぐ、目の前にいるという奇跡。
今なら分かる。繭の中で休眠している時からずっと、渇望する心が、彼女をまだ半身だと知らずに呼んでいたのを。己の半身と分かる前から好きだった相手が伴侶だったとは……嬉しい誤算だった。
欠けていた魂の半分がピタリと嵌まったことで、全身に純粋な竜の力が満ち足りていくのを感じる。
――そして更に、奇跡のような時は続く。
パアァァァッーー!!
互いの存在を感知した次の瞬間には、部屋いっぱいに先程とは違う、神々しい黄金色の光が放たれ……彼と彼女を優しく包み込んだ。
やがてその光は、二人の額へと収束していく。
そこには徐々に、花びらと文字が絡み合ったような複雑な神紋が浮かび上がってきた。
竜の伴侶となったものにだけ、現れるといわれる唯一無二の美しい紋様。この魔法が発動するのは、二人が心から互いを求め合った時だけ……揃いの紋はその証しなのだ。
――人族の婚姻とは形式が異なるが、これが竜の婚姻の儀式。
竜は生涯でただ一人の魂の半身を大切にする。そのため寿命差のある他種族を伴侶にするにあたり、同じ時を生きるために自らの生命力を分け与える魔法を、神紋に乗せて掛ける。
人族のアンドレアにはまだ完全に理解出来ていないだろうが、この儀式により決して消えることのない魂の絆が結ばれ、竜族と人族という、種族の違いによる寿命の差が無くなった……その瞬間でもあったのである。
それぞれの額に、生涯消えない神紋が刻印され終わると、待ち兼ねたかのように彼が口を開いた。
「アンドレア……」
熱のこもった瞳で見つめられ、甘く呼ぶその声を聞くと、どうしようもなくドキドキと胸が高鳴る。
まるで操られるかのように、愛しい人へと勝手に足が動きだした。
彼もまた、生涯の伴侶となる半身にこれほど早く出会えた幸運に感謝し、泣きたくなるような幸福感に包まれながら、一歩、また一歩と歩き出す。
瞬く間に二人の距離は縮まって……互いの瞳に大切な人が映し出され、半身のことしか考えられなくなった。
吐息が絡まり、触れ合わんばかりの距離まで一気に接近してしまっていたことにハッと気付き、夢から覚めたかのように我に返ったアンドレアが、少し離れようと身を引いた、その時……。
それを咎めるかのように、ソッと抱き寄せられ、両腕に囲われてしまう。決して強い力でもって捕らわれた訳ではなかったのだけれど、その甘い檻からは逃げられない。
「駄目だよ、アンドレア……」
「……あ!?」
優しいながらも咎めるような低い声が、鼓膜をくすぐり魅惑的に響く。思わずピクリと身を震わせた。
ほんの少し触れ合っているだけなのに、そこからあっという間に熱が広がり、カァッと顔に血がのぼったのを感じてしまう。異性に対する免疫が、圧倒的に足りないのだ。
父や兄など家族以外の殿方に、こんな情愛の籠った触れかたをされたことは今までなかった。
――どう対処すればいいのか分からず、途方にくれてしまう……。




