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第39話 用意されていたもの



 そんな憂い顔をしていても、見惚れてしまうほど美しい。


「それは、大変でしたでしょう」


「うむ。妾にとって初めての子育てじゃったからの。戸惑いも大きかったが……」


「その辺りは、人も竜も変わらないのかも知れませんわね」


「そうじゃな」



 ただ竜は、人と違って一度に三個から五個の卵を産むのが標準のため、どうしても幼少期の世話はてんてこ舞いになる。


 ラグナディーンの場合、五個の卵を孵したのだ。


 やんちゃ盛りの幼竜たち相手に彼女だけでは目が届かず、眷属たちの手も借りて子育てをすることになった。


 それだけの目で見張っていても、賢くすばしっこい彼らの勢いを防ぎ切るのは難しかったらしい。




 最も、眷属の中で一番数の多い水の精霊が、幼竜たちの一番の遊び友達で味方だったため、一緒に騒ぎに参加してしまい役に立たなかったというのもある。


 冒険した後の宝物殿は決まって破壊され、水浸しになり……かえって被害が大きくなっていたようだ。



 何度叱られても懲りないので、最終的には護衛だと思って諦めることにしたのだと、呆れたように教えてくれた。



「それも今となってはいい思い出よ。彼らには感謝しておる」


「ええ……よく、ここまで無事にお育ちなられました。そしてもうまもなく、めでたく成人を迎えられるのですわね」


「うむ、振り返るとあっという間であった。巣立ち間近の我が子を想うと、何を見ても感傷的になってしまうものよ」


「それだけ慈しみ深くお育てになったということでしょう。寂しくなりますが、しっかりした絆がありますものね……たとえ離れていても心が繋がっていれますわ」


「そうじゃの」




 少ししんみりとしてしまったが、話しているうちにアンドレアに用意された部屋へと到着したようだ。


「さて、気に入ると良いが……」


 ラグナディーンが手をかざしただけで滑るように扉開く。


 その先には……。


 素晴らしく美しい空間が広がっていた。


 可憐でありながらも上品な花柄の壁紙、応接セットを含む調度品類は落ち着いた色合いで統一されスッキリと収まっており、そこに豪華な唐草模様描かれた深紅の絨毯が敷かれ、華やかさを添えている。


 ゆったりと寛いでほしいと願って整えられたのだろう……。


 そんな気持ちが見てとれる部屋だった。




「まあ、素敵っ」


 一目見て気に入った。


 公爵家にあるアンドレアの部屋以上に広く、天井が高いその部屋は、若い女性が住まうに相応しく、見事に調和が取れていた。


 見るからに心地よく、彼女の為にこんなにも素晴らしい部屋を用意してくれていたことに感動して心が震える。


「なんて素晴らしいお部屋なんでしょう……。ラグナディーン様、水の精霊様、お心遣いに感謝しますわ」


「気に入ってくれたなら良かった」


 アンドレアの喜ぶ様子に、二人は満面の笑みで答えてくれた。


「この部屋は妾達だけでなく、一の君らの手も加わっておるからの。そなたがいつ、聖女としてこの神殿に来てもいいようにと、せっせと選んでおった。喜んでもらいたかったのであろう」


「まあ、そうだったんですの。休眠からお目覚めになりましたら、真っ先にお礼を申し上げなければ」


「ホホホッ、我が子らもそなたの反応を楽しみにしておったからの。喜ぶであろう」


「はいっ、是非に!」


 その機会はきっと、もうすぐそこに……。




「足りないものがあれば何でも言うが良い」


「いいえ、十分良くして頂いておりますわ」


「……聖女よ、言うまでもないがそなたの考え、妾には筒抜けじゃ。遠慮はいらぬから言うてみよ」


 竜には精神感応能力があるため、心の中で思ったことや考えたことが意識せずとも伝達されてしまう。


 アンドレアの本心などお見通しだった。


「……さすがは神竜様。貴女様には何も隠せませんわね」


「当然であろう?」


 気遣わしげに細められた金の瞳に至近距離から除き込まれ、思わず頬に熱を覚えかけてしまった。


(美形には王子や兄達で耐性があるつもりでしたのに……これだけお美しいと、女性だと分かっていてもドキドキしてしまいますわ……その上お声まで麗しくていらっしゃるんですもの)


 それに、こうして怜悧な人外の美貌が崩れるのは、ほんの一握りの親しい者にだけだとも知っているから、余計に意識してしまう……。


 初対面時からアンドレアは神竜にとって特別だったようで、以来、まるで実の娘のように扱ってくれている。


 その事は人の身には法外の喜びだった。胸が熱くなる。




「神竜様……過分なお心遣い、痛み入ります。ではお言葉に甘えてひとつだけ。岸辺に置いてきた者たちに無事を知らせたいんですの」


 聖女になったことは、天高く駆け上った光の柱を見て知っているだろうが、神殿に入って随分と時間が経っている。


 送り出してくれた大神官を始め、きっと皆が心配していることだろう。出来るなら一度、連絡を取りたい。


「うむ、人の世の時とは早く流れるものじゃったな。では、大神官にも聖女誕生を報告せねばのぉ。あやつも連絡が入るのを今か今かと首を長くして待っておるのであろう」


「ふふふっ、そうですわね」


 ソワソワと落ち着かなげにする大神官を容易く思い浮かべることができる。思わずくすくすと笑ってしまった。



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