第38話 竜の常識
「この宝物殿は、幼い竜たちにとって格好の遊び場となっておったのじゃ。好奇心のいっぱいによく動きまわるゆえ、一度見失ってしまえば見つけ出すのに難儀したものよ……そのまま遊び疲れて寝てしまうこともあってのう」
「ふふふっ、お可愛らしいこと。しかしこんな近くに宝の山があるとなれば、それも無理からぬことかと」
「……妾も竜故、煌びやかなものに惹かれる気持ちはよく分かるがの」
「人にとっても宝物類は魅力的ですわ。お許しいただけるなら、いつか拝見させていただきたいものです」
「勿論じゃ。妾自慢のコレクション……折を見て案内しようぞ」
「まあ、楽しみにしておりますわ!」
何しろ約二百五十年分の竜のお宝である。
きっと息を呑むほど素晴らしく、想像以上に豪華絢爛なものに違いない。
「うむ。一人では向かわぬよう注意しやれ。長い時を経て一部が迷宮化してしまっておるからのぉ」
「ええっ、迷宮化!? そ、それは大丈夫なんですの? まさか、魔物が出る……とかじゃありませんわよね!?」
神竜の住まう聖力に満ちた御在所が、まさかそのようなことになっているとは露知らず、驚きのあまり思わず声を上げてしまった。
「安心するがよい。ここは聖域じゃし、さすがに魔物までは出ぬ」
「……そう、なんですの?」
「うむ。まあ、主のいなくなった竜の巣がダンジョン化することはよくあることじゃし、そなたの心配も分かるがの。ここは大丈夫じゃ。ただその……長く同じ場所に巣を構えていると魔力が飽和し、ちと迷宮化しやすくなる。ここでは空間の歪みとして影響が出たようじゃ。迷いやすくなったが、これくらいならよくあることじゃろう」
「まあ…… ダンジョン化したり、空間の歪みが出るのがよくあることなんですの?」
思わず神竜様相手に、胡散臭げに眺めてしまった。
それだけのことだと言われても、全然安心できない……。
主のいなくなった竜の巣がダンジョン化する話など、推測で語られているくらいである。
多分、人族にはその情報が伝わっていないのではないだろうか……?
良くある事だとラグナディーンは言っているが、千年の寿命を持つ竜のよくあることとは当てにならない。少なくとも、神竜の守護する国に生まれ、幼い頃から竜を身近に感じているアンドレアでも知らなかったのだから……。
「竜にとっては常識じゃな」
「……初耳ですわ」
成る程、竜にとっては大したことない状態なのだと言われてしまえば、 お仕えする立場としては慣れるしかない。
初日にして、思いの外危険な職場だと判明したわけだが、竜には人の常識が通用しないんだということを改めて思い知ったアンドレアだった。
この宝物殿は元々、わざと複雑な構造にしてあったようだ。
廊下を作らずグルグルと遠回りさせるように仕向けたり、階層に段差を付けてちぐはぐな空間を作り惑わせたり……。
複雑化した空間には隠し通路や隠し部屋などがいくつも作られ、まるで迷路のようだったらしい。
そこに、せっせと大量の罠を仕掛けた……神竜自ら手作りして。
「妾と眷属の渾身の合作じゃ、あれは楽しかったのぉ」
「まあ、きっと高性能なものが出来上がったのでしょうねぇ」
「会心の出来じゃったな」
その時のことを思い出したのか遠くを見つめながら、嬉しそうに頷いてくれた。
「竜の巣を荒らそうとする不届き者は滅多にいないと思うが、持てる魔力を全て注いで作り上げたのじゃ」
安心して過ごす為、お宝満載の巣に侵入防止の罠を仕掛け、快適に整える事は竜の喜びであり本能だ。
万が一のためにと無駄にはりきった結果……。
仕掛けた罠の作り手が神竜自身であったことも手伝って、彼女の魔力を吸収し次第に進化していったのだという。
そこに空間の歪みが加わって、より難易度が増したんだとか。
これは、侵入防止の目的が達成され、脱出不可の巣になったことを喜ぶべきなのか……?
どうやら、ラグナディーンの様子を伺うに、長い時間を掛けて色々手を加え、魔改造した結果の集約に満足そうであることだし。
「……成る程」
「今はその進化するトラップだらけで、超危険なのじゃ」
「まあ、怖いっ」
「ホホホッ、そうであろう。しかし幼竜達は、遊び感覚で突撃しておったがの。 誰が一番早く、惑わされずに多くの宝を集められるか競争じゃというて……あれにはヒヤヒヤしたものじゃ」
ふうっと溜息をつき、しみじみと言った。




