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第34話 世界の強制力



 ――本来、この世界の未来は幾通りもの道が示されている。


 その中から、神の意思に沿った選択が正しくなされ、未来が一つに確定していくのだが、世界の望まぬ未来を選び取ろうとする者達が現れると、強制力とでもいうべき力が振るわれる。


 今回もそれに当たるとラグナディーンはみていた。


 自動的に本来あるべき姿へと修復に向けて働きだし、アンドレアを聖女へと戻そうとしたのだろう。

 つまり、今回の婚約破棄騒動は起こるべくして起こったものとも、いえるのである。


 ユーミリアやロバート王子でさえ、その為の駒に過ぎない。今後の世界に影響のない人物の中から修復の為に選ばれたのだ。


 ――しかし、神は無慈悲だが平等でもある。



 例えばユーミリアにも、改心できる機会は平等に用意されていた。


 ……神竜様との会合の件だ。


 ここで慢心を捨て、目が覚めていれば救われたことだろう。世界の強制力も、違う道を探り、違う駒を使おうとしたはずだ。


 今にように若くして転落する人生ではなく、もっと別の可能性が開けていたはずなのに、彼女はその選択を選ばなかった……。


 神は平等に地上の行いを見ている……それを長い時を生きてきたラグナディーンは、身をもってよく知っているのである。




『何にせよ、これで思惑通り、収まるべきところに収まったというもの……そなたは聖女となった』


「はい、ラグナディーン様。これからはいつでもお側に……」


『うむ。良き哉、良き哉……』


 何にせよ、今回の神の采配に関して、神竜である彼女には不満などない。


 アンドレアから望み通りの返答を得て、まるで猫のようにごきげんにグルグルと喉を鳴らしたのだった。




「……ところで幼竜様方はどちらに?」


 神竜ラグナディーン様には、アンドレアが初めてお会いした五歳の頃には既にお子達がいた。


 まだ人型は取れず竜体のままなのだが、何度も出向いているうちに一緒に遊ぶまでに親しくなっていったのだ。


 いつもアンドレアが来ると一番に、一緒に遊ぼうと水飛沫を上げながら飛んできてくれていた彼らが、今日に限って中々姿を現さないのでどうしたのかと気になっていた。


 何しろ幼い竜は、アンドレアより小さくて寸足らずで丸っこくて……コロコロとしたぬいぐるみのような愛らしい生き物なのだ。

 ずっと撫でくり回していても飽きない足りないほどの可愛らしさなのである。


 パッチリとした大きな瞳をキラキラさせて見つめられるのも、キュイキュイと甘えたように呼びかけられる声も、頭が重くて上手く飛べない姿も何もかもがツボに嵌まってしまい、いつも胸がキュンキュンしているアンドレアだった。可愛すぎて辛いとはこの事かと悟ったものである。


 長年の王子妃教育の影響から、表には一切、デレッとした感情は溢れ出ていなかったが、心の中はそんなお祭り状態で、ワチャワチャと悶えていたのである……。




 長年の憂いは無くなったが、とっても癒されてたい気持ちになっていた彼女は、愛らしい友人達に早く合いたかった。


『それがのう……そなたがしばらく来ない間に、休眠に入ってしまったのじゃ 』


「はぁ、休眠……ですか?」


『うむ。冬に入って暫くたった頃にこう、次々とな』



 ――休眠……?



 十年以上ここに通い続けているが、初めて聞く言葉だった。


「ラグナディーン様、その、休眠とは竜族にとっていかなるものなのでしょうか?」


『まあ、人族には馴染みがないかの……』




 ――竜族は成長すると魔術を使って人化ができるようになる。


 その術を完全にものにする為には、幼少期の休眠期間を経なければならないらしい。


 何故なら、自らの質量を大幅に増減させる必要がある魔法のため、成長して大きくなるほど習得が難しいとされているからだ。

 加えて膨大な魔力量を誇る竜族は、力任せの大魔法は得意だが、繊細さを必要とするこのような術の行使は苦手としている。


 そこで、失敗しても被害が出ないように、まずは生命の維持に必要なエネルギーだけ残して身体機能を大きく減少させる。魔力の暴発を防いだ上で、少しでも心身に負担がかからないようにして休眠に入るというわけだ。


 休眠とは、身体機能を低下させ、睡眠学習でゆっくりと人化の術を身体に馴染ませていくことを目的としているらしい……。



「そのための休眠なんですのね」


『そうじゃ。半月ほど前かのう、自らの作った水の膜の中に篭ったのは……』


 そして、一度休眠に入ると、半月からひと月ほどは水の膜から出てこないらしい。


 ラグナディーン様のお子達が次々とその休眠に入る前に会いたかった。


 婚約者とユーミリアが起こすゴタゴタの対応に巻き込まれ、来れなかったのが惜しまれる。






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