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第33話 あの時の少女



『まぁ、そなたが謝ることではない……』


 愛おしげに目を細め、クルルルッと、優しく喉を鳴らしながら労ってくれる。


『それで、あの時の少女が今回の騒動の主犯とは。全く、そのまま変わらず成長してしまったようじゃな?』


「ええ、残念ながらそうなんですの。貴女様のお仕置きが効いていてアレですもの。救いようがありませんわ」




 ユーミリアが十歳で初めて神竜様に会った時の様子は、以前、直接伺ったことがあった。


 聖属性の持ち主にしては、その頃から随分と愉快な思考を持っていたようで、神竜様の記憶に印象深く残っていた為だ。




 ――その頃、まだ平民だった彼女は、能力判定のために「神々の祝福」を受けに神殿に行き、判定不可と出たので大神殿まで連れて来られた。


 そこで聖属性魔法を持っていると判定され、十歳の少女は有頂天になった。


 自分こそが聖女だ、この力があれば神竜様もこの国も思い通りになる……魅了できると本気で思い込んだらしい。


 さすがにその場で言葉にしないだけの分別はあったようだが、あの壮大なヒロイン願望の妄想癖は幼き頃からあったのだ。


 竜族を偽ることなど出来はしない。彼等は人の思考を読めるので、その邪な考えは神竜様には筒抜けだった。




『まぁ確かに、あの者は聖魔法の持ち主らしく素直ではあった。但しそれは自分の欲望に素直だというものじゃったのでのぉ。幼き内なら矯正が可能な者が多いゆえ、軽く脅しておいたが……』


 悪い子は神竜様が食べてしまわれるよ……という、この国の母親が子供達がいたずらした時に使う言葉を体験させた。


 聖魔法は、適性資格に使い手の人格が作用し、徳を積み重ねていかないと徐々に素質が薄れ、やがて消えてしまうという特性がある。成長し、誘惑に負けてしまう者も多い。


 それ故、せっかく天から授かった能力を失わないよう、正しい道を歩めるようにという神竜様の優しい想いがこもった叱責だったのだが、彼女には正しく伝わらなかったようだ。


 その後も自らを省みることもなく、変わらずに自分の欲望を優先させた結果、悪循環を繰り返し、昨夜の婚約破棄騒動を引き起こすまでになった。

 人の心を洗脳紛いの事をしてまで強引に手に入れたいというユーミリアの気持ちは、アンドレアには分からなかった。




 ――結局、彼女の中に最後まで残っていた歯止めとなるものは、守護聖獣と初めて会った時の恐れだったようだが……。


「残念ながら、せっかくのご忠告も生かせなかったようですわ。これから詳しく取り調べる予定ですが、おそらく聖属性を失っているのではないかと推察しております」


『うむ。稀少な能力を授かっておきながら、自らの力に溺れたか……人は欲望に弱いのぉ』


「はい。今回も、神竜様の審判を受けるように言った途端、真っ青になりましてあっという間に逃げ出しましたので、あの時の事は彼女の中に深く残ってはいたようですが……」


『なるほどのぉ。それでもあの者は変わらなかった……いや、変わろうとしなかったのじゃな』


「ええ、誘惑に打ち勝てなかった愚かな娘ですわ」







 アンドレアには伝えなかったが、グローリア王国の守護聖獣であるラグナディーンには今回の結末への道筋が大体見えていた。


 五歳の時にはもう、たぐいまれなる聖魔法の素質を持ち、才能の片鱗をみせていたアンドレア……本来ならそのまま聖女になる予定だった。


 ――それは、能力を授けた世界の……神の意思でもある。


 だがそうとは知らず、愚かにも人の世の都合で運命がねじ曲げられてしまう。


 一つの歯車が狂ったことで、それを修正しようとして目に見えない様々な力がゆっくりと動き出す。この流れは修復が完了するまで決して止まることがない。

 元の正しい道に戻るのが早いほど周囲の被害が少なく、年数が経つほど大きくなってしまうという類の、厄介なものだ。


 そして、被害が甚大なものは後に、神罰と呼ばれるようになるのである……。






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