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第31話 聖女誕生



 大神殿は国中に散らばる神殿の最高機関ではあるが、祈りの場であるとともに守護聖獣である神竜様の住まう御座所でもある。


 まずは、隣接する孤児院の子供達へと荷馬車いっぱいに詰め込んできた支援物資を渡し、久しぶりの訪問に喜ぶ彼らと暫し交流した後、本殿に向かった。


 あらかじめ連絡を入れていたので、出迎えの神官達から熱い歓待を受けた。彼らにしても待ちに待った瞬間なのである。


 満面の笑みを浮かべた大神官に付き添われ、近況を話し合いながら、長い廊下を歩いて奥へと進む。


 神殿側はもちろん今回の婚約破棄の顛末を知っており、アンドレアは気遣われはしたが、歓迎ムードが隠しきれていない。

 聖女としての類稀なる才能を持つ彼女が王子妃になるなど、才能の無駄遣いだと憤慨していた神殿側にとって、今回の件は渡りに船だったのだから……。




 奥宮を通り抜け外に出ると、透明度の高い大きな湖が見えてきた。いつ来てみても、かわらずに美しい光景である。


 神殿側としては、王家の意向で建前上の聖女候補とされていたアンドレアを、一刻も早く正式な聖女としてしまおうと決めたらしく、またまた王家からの横槍が入っては敵わないとばかりに、早々に儀式を済ませようと決めたらしい。


 無駄な寄り道もなく、善は急げとばかりに一直線にこの場所まで連れてこられてしまった。


「もう無いかと思うが念には念をいれんとっ。 あの王家のことじゃし、また邪魔をされてはいかんからなぁ。のう、アンドレアよ」


「まあ、大神官様ったら!」


「フッフォフォッ」


 お茶目に片目をつぶっておどけて見せた老人は、早速、その湖の真ん中にある島に立つ大理石で造られた神竜の神殿へと向かうようにと促した。




 どうやらここからは、アンドレア一人で行くことになるようだ。


 湖に浮かべられた、簡素な造りの小舟に乗り込み、この場所までついて来てくれた専属侍女二人から、神竜様への貢ぎ物が入った袋を受け取ると、一緒に小舟へと乗せた。



 ――その途端、何もしていないのに、いきなり滑るように水面を走り出した。どうやら魔法が掛けられているらしい。



 驚きのあまり思わず声を上げそうになったのを、縁を掴んで必死に飲み込む。


 守護聖獣である水竜の神竜様が住まわれる美しい湖の上を、日の光を反射して煌めく飛沫を上げながら飛ぶように走って行く。


 ようやく周りを見る余裕ができた頃にはもう、島に着いていた。




 ……大きい。



 目の前には、神竜様が竜体のままでも入れるという大きさの白亜の神殿。


 岸辺から見上げていた時には感じなかったが、間近に見るとその巨大さに圧倒される。この神殿の中で正式に聖女としての誓いを立てるのだ。


 神竜の神殿の扉は、聖女の資格がないと開けられず、中に入ることが出来ないと聞いている。


 多分大丈夫だとは分かっていても、大神殿に来た途端、いきなり正式な聖女となるための儀式をすることになったアンドレアは少し緊張していた。




 ――嬉しいことに、その心配は長くは続かず杞憂に終わる。


 神殿の扉は、意を決したアンドレアが手を伸ばしたその瞬間、音もなく自然に内側へと開き出したからだ。


 導かれるようにして中に入った彼女は、神竜様が竜体でこの神殿にいらっしゃる時の御座所だと教えられた場所へ向かう。


 そこは、湖と直接つながっており、神殿内だというのにほぼ水で満たされているという大きな部屋だった。


 この部屋にある祭壇に、持ってきた貢ぎ物……聖魔法を込めた水晶石を供える。

 これは、微量ながらもグローリア王国を守護して下さる神竜様の糧となりうるもので、聖魔法を使える国民の気味


義務として、定期的に神殿に納めることになっている。

 アンドレアの聖魔法は特に純度が高いため、回復率もいいので重宝されていた。




 そうしてから両膝をついて手を組み、頭を垂れて祈る。



「グローリア王国をお守りくださる慈悲深き、守護聖獣様。この国の民として生涯、お仕えすることを誓います」



 五歳の頃に初めてお目にかかり、聖女候補者として型通りの言葉を捧げて以来の、二度目の誓いの言葉だった。



『そなたの誓いを受け入れよう、聖女よ。 我が名はラグナディーン、この名を呼ぶことを許そうぞ』



 ゆったりとして心地よく、引き込まれるような魅力のある声だった。


 それは、耳に届くのではなく、直接頭に響いてきた……。


 この麗しい声の主こそが、 グローリア王国の守護聖獣、水竜の神竜であるラグナディーン様だった。


 神竜からの是という言葉を賜り、今この時をもって正式に聖女と認められたアンドレア。


 それを祝うかのように、神殿からは聖属性を纏った白い光が空へと向かって溢れ、掛け上がっていく。



 ――新たな聖女誕生を、国の端々にまで告げる祝福の光の柱が立ったのだった。






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