第30話 大神殿へ
陛下と宰相、キャメロン公爵の昨日の話し合いは、あれから深夜にまで及んだというが、こうしてなんとか王妃派の横槍が入る前に大体の道筋を決定することができたようだ。
ロバート王子の王位継承権剥奪は免れなかったが、何と言っても王子としての身分をそのまま残す事が出来たのが大きい。
この国に直系の王子は二人しかいないため、王太子となる予定の第二王子が結婚し跡継ぎをつくるまで王子の身分を保証することを国王が強く求めたのだ。王妃もそれには渋々だが従ったという。
第一王子を守りたい国王と、排除したい王妃のギリギリの攻防の結果だった。
「さて、これで婚約破棄騒動による関係者の仮処分については、一通り話終えたと思う」
「はい、ありがとうございます、兄様達」
「家に対する処罰も無かった。父上にもロバート王子の後見人としての責任はあったが、キャメロン公爵家は聖女を排出する予定の、国にとっては重要な家だからね。例え陛下とて、今の情勢では僅かでも罰することなど出来ようはずが無い」
「もちろんこの決定には、今後も王妃派は口を挟めないだろうから心配いらないよ」
「そう、なのですね。ホッとしましたわ」
宮廷の権力争いには毎回気が抜けないが、今回は如才なく乗り切れたようだ。
これで何の憂いもなく、次に進めるというもの……。
「今日の予定では、これから神竜様のところだったね?」
「ええ。孤児院の子供達に会うのも久しぶりですし、帰りは少し遅くなると思います」
「分かった。じゃあ、専属侍女は二人共、必ず連れて行くように」
「はい、ジェフリー兄様。支度が整い次第、皆で行って参ります」
「うん、気をつけて」
「はい、兄様達」
大神殿へ赴く予定があったので、早朝に一人だけ早く朝食を済ませた後に、こうして兄達と事の顛末の話し合いをしていたのだが、その間に、前もって予約しておいた王都で評判のお菓子を侍女たちが受け取りに行ってくれていた。
併設されている孤児院の子供達へのお土産にするために買ってきてもらったのだが、勿論、公爵家の使用人たちの分も注文したので大量になってしまった。
だが、アンドレアの身に起こった理不尽な婚約破棄を一緒になって憤り心配してくれた皆がこの心配りに喜んでくれて、笑顔が戻ったのを見て、取り寄せておいて良かったと思ったのだった。
専属侍女たちに仕分けを任せ、お菓子以外にも衣料品や玩具など、昨日のうちに準備してもらっていた荷物を荷馬車いっぱいに乗せる。
子供達が大量のお土産にワクワクしてはしゃぐ様子が、今からもう目に浮かぶようだ。
大神殿までの移動に使う馬車にはいつも、外装があまり豪華ではない物を使っているのだが、大きくて作りも頑丈なので通常ならこれ一台で事足りる。
ただ今日は、久しぶりの訪問となるため持っていくものが多くて積み込めなくなってしまい、別に荷馬車も一台、使う事になったのだった。
◇ ◇ ◇
――カラカラと、馬車の車輪が軽快に鳴る音が響く。
石畳で舗装されている道は綺麗で、振動軽減の魔法をかけられた馬車は揺れも少なく滑るように走るため快適である。
公爵家を出たアンドレアは、専属侍女や護衛騎士達を連れて王都郊外にある大神殿に向かっていた。
幼い頃、能力判定を受けるためにここの「鑑定の間」を訪れてからも、何度も通った道だ。
国の思惑により、聖女ではなく聖女候補の一人という扱いになってからも、守護聖獣である神竜様にお会するために大神殿通いは続けていたのだ。
「いいお天気になってようございましたわね」
「ええ、気持ちいいわ」
この国は神竜様の加護のおかげもあり、気候が安定していて過ごしやすいのだが、今日は殊の外素晴らしく感じた。
大神殿までは性能の良い公爵家の馬車でも二時間ほど掛かるのだが、新しい門出にふさわしい、キラキラした景色を楽しみながら侍女たちとおしゃべりして過ごせば、あっという間に過ぎていくのだった。
洗練された貴族街を抜け、雑多な下町を通り抜けてから暫く行くと馬車が止まり、目的地に到着した事がわかる。
キャメロン公爵家専属の護衛騎士達が馬から降り、安全を確認したのちに馬車の扉を開けてくれた。
同乗していた専属侍女たちが先に降りて、アンドレアの手を取り下ろしてくれる。
「本当にここに伺うのも久しぶりだわ」
王都郊外に、鬱蒼とした森を背景にして建つ白亜の大神殿は、荘厳な佇まいだったが、周りの風景に上手く溶け込んでおり、神秘的だった。
街の喧騒を離れた静寂で自然豊かなこの場所には、厳粛な空気が漂っているのが感じられ、訪れる度に身が清められる思いがする……。




