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第17話 慢心




 ◇ ◇ ◇




 第一王子殿下とキャメロン公爵令嬢の婚約式を祝う、前夜の舞踏会で起こった前代未聞の婚約破棄騒動……。


 その騒動後、キャメロン公爵家の三兄妹は、後始末を父親に委ねて早々に公爵邸に帰還しようとしていた。




 三人の乗った帰りの馬車の中で、さすがに疲れが出た様子の妹の頭を慰めるように撫でながら、ユージーンが静かに切り出した。



「しかし、殿下にも困ったものだ。あのような場で軽率な行動をなさるなど……」


「はい。突然の事で(わたくし)も驚きました」


「そうだろうね。ドリー男爵令嬢に入れあげていたのは知っていたが、僕もまさか正妃に望むとは思わなかったよ」


「……ジェフリー兄様」


 第一王子が婚約者以外の女性に入れ込んでいることは、国王の耳にまで入っていたと聞いている。

 しかしまさか、大勢の目がある場で婚約破棄するほど判断能力が低下していたとは……。


 国王の意向を無視し、公爵令嬢を侮辱し、大勢の貴族の前で婚約破棄宣言を行った以上、なかったことにも出来ない。

 

 心からユーミリアを愛し添い遂げたいと思っていたなら、きちんと手順を踏べばまだよかったのに…….。信じられない失態である。


「あれでは陛下も庇いきれないだろう」


「ええ」


 後見人の令嬢を不当に扱い、婚約破棄などすれば待っているのは身の破滅……。


 王妃派の力を考えれば、王位継承権の剥奪まで追い込まれるだろう。


 第一王子に対する愛情は冷めていても、幼馴染みとして、臣下としての情はある。


 これから殿下はどうなるのか……。


 考え込んでしまった彼女に、ユージーンは再び声を掛ける。


「……それはそうと例の令嬢、近くで()()、どうだった?」

 

「……影響は彼女が強く意識した、特定の異性のみという限定的なものではないかと。ただ、故意に使用しているのかどうかまでは分かりませんでした」


 至近距離で対峙したのだが、感情の制御を外すような何かが発動したようなのだ。それがどの属性魔法なのかまでは掴めなかったが……。




 魔法には火・水・風・土・聖・闇の六つの属性がある。しかし、中にはそれらに分類されない力もあると言われており、そういった魔法は特殊属性魔法と呼ばれ、専門家でないと判断が難しい。


「そうか」


「はい。殿下に関して云えば、普段はあそこまで分別のつかない方ではないのです……。あれではその、本当に頭が弱い方みたいで……」


「こらこら。しかし、成る程。彼女が接近している時だけ、顕著に視野が狭まり、感情的になるということか……。そこに不自然さを感じるんだね?」


「はい」


「やはり、本人を調べる必要があるな。ジェフリーはどう視た?」


 すぐそばにいなかったとはいえ、ジェフリーも同様に彼女の様子を伺っていた。

 彼女と関わりおかしくなるのが異性のみのため、警戒して少し離れたところから観察していたのだ。


「使用していたのは聖魔法のみ、と言う訳ではないんじゃないかな。あれは彼女独自の複合魔法だと思う」


「複合魔法……か」


「でもジェフリー兄様、複合魔法って確か、能力値や魔力量などが優れた術師でないと制御も発現も難しい、と。以前、そうお伺いしていたように記憶しておりますが……?」


「ああ、よく覚えていたね。それは一般的な知識なんだ。間違っていないよ。ただ稀に、魔術のセンスだけは高かったり、ついうっかりというか偶然、創造できてしまうという強運の持ち主もいるんだ」


「……成る程。確かに彼女、運は良さそうだ。平民から貴族に引き上げられた事といい、稀少な聖属性の持ち主である事といい、ね」


「まあ、結果だけみれば力に溺れてしまった感はあるけれど」


「ええ。慢心さえしなければ、彼女の人生はもっと幸あるものになったと(わたくし)も思いますわ……」




 常に殿方を複数侍らせては愛を囁かれ、少しねだれば高価な貢ぎ物をされる。


 不作法を窘める貴族がいれば、相手を責め立て守ってくれる。


 そんな生活を続けている内に、つけあがっていったに違いない。


 自分がこの国で一番な存在になれると。公爵家など恐るるに足りぬ存在だと。



 ――この厳格な階級社会で、勘違いも甚はなはだしい。



 ぬるま湯に浸かり過ぎて、引き際の判断を誤ったようね?




「ドリー男爵令嬢の場合は、聖魔法の他にも水魔法を使えると資料にあった。この二つは浄化系の魔力を持つ。何らかの作用で、洗脳魔法のようなものを作り上げたとしても不思議じゃない」


 一般的に、聖魔法で出来る事と言えば回復や治癒、補助などが上げられる。


 彼女が疑われているような、人心を煽動し操作するという洗脳に近いことが可能なのかは分かっていない。それは本来、闇魔法の領域だと言われているからだ。


 聖魔法と闇魔法は同時に習得できないことから、彼女が闇魔法を使えるという可能性は消える。


 というわけでユーミリアの場合、聖魔法以外の適性があったために聖属性そのものの純度は低いものの、そこを水魔法との複合魔法で補ったのではないか、ということらしい。



「はぁ。稀少な聖属性持ちで魔術の才能もありそうだというのに……。もったいないな」


「そうですわね、能力の無駄遣いですわ……」


「本当、残念な子だよねぇ」



 ――聖属性の素質を持つ者はいるが、どこの国でも中々数が増えなくて、困っているというのに……。






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