『嫉妬』の魔人レイヴィニアと『怠惰』の魔人ニスロク
とある場所に、一人の魔人がいた。
それは、女の姿をしていた。
褐色の肌、短いツノが三本生え、白い髪をポニーテールにまとめている。服装は胸にサラシを巻きジャケットを羽織り、短パンだけというなかなか露出が激しい恰好……だが、如何せん魔人の女はまだ子供にしか見えなかった。
歳は十三歳くらいだろうか。百三十センチ程度の身長しかない。
魔人の少女。名前はレイヴィニアと言った。
「ここか」
甲高い、子供の声だ。
レイヴィニアは腕組みし、とある建物を見上げている。
どこか古臭い、木造の二階建てだ。すると、レイヴィニアがいる近くの樹から、大きな塊がドサッと落ちてきた。
「あ~い~たぁ~……ふぁぁ、ねみぃぃぃ~」
「静かにしろ馬鹿!! せっかく隠れてここまで来たのに、バレたらどーすんだ!!」
「ふぇぇ~い……くぁぁ~~~」
「ったく、この馬鹿……」
落ちてきたのは、魔人の男だった。
少女の二倍は高い身長だ。だが顔つきはそっくりで、どこか眠たげな表情をしている。
男の名はニスロク。『怠惰』の魔人である。
ニスロクは、のろのろと立ち上がり……ぼてっと倒れた。
「あぁぁ~~~……だめ、やる気でないぃぃぃ~~~」
「ったく。デカいくせにやる気ない奴!! ヒュブリスもアベルもここの連中にやられたんだぞ!? さっさと調査してフロレンティア姉ぇに報告しないと、またどやされる!!」
「ちび姉ぇ~~~~……だぁいじょおぶだってぇ。フロねぇが人間に、ましてや男に負けるわけないしぃぃぃ~~~~~~……おれらでやっちゃおぅぜぇぇ~~~~」
「あんた、やる気あんのかないのかわかんないわね……まぁ、やるのは賛成」
レイヴィニアはニヤリと笑い、ギザギザの歯をむき出しにする。
そして、両手の甲から骨のような『刃』が三本ずつ飛び出してきた。
「ヒュブリスをぶっ殺していい気になってる今がチャンス。まさか、二十一人の召喚士がいるアースガルズ王国に、魔人が乗り込んでくるなんて夢にも思わないでしょうね」
「だねぇ。おれら、戦闘得意じゃないけど、ちょこんと侵入してぷすっと刺すくらいはできるしねぇぇぇ~~~……くぁぁぁぁ」
「ほらしゃんとしな! うちらの恐ろしさ、その身に───」
と、レイヴィニアがニスロクを立たせようとした瞬間。
上空から落ちてきたアルフェンが、右腕を巨大化させた状態でレイヴィニアたちの前に立ちはだかる。
「うきゃぁぁぁぁっ!?」
「おおお~~~~っ?」
「魔人……!! やっぱり来たか。嫌な予感してたんだ!!」
そう、ここはS級寮前。
レイヴィニアたちは、S級召喚士を暗殺に来た。
というか、アルフェンの登場に思いきり驚いていた。
「び、びび、ビビらせんじゃねーよ!!」
「……魔人か。目的は俺等の暗殺だな?」
「……ば、バレてる。やばい」
「ちび姉、どうすんのぉ? ヒュブリスより弱っちいおれらじゃ勝てないかもぉ?」
「う……」
レイヴィニアはダラダラ汗を流していた。
アルフェンは迷う。このまま『硬化』するか、生け捕りにして話を聞くか。
なんとなく、直感だが……あまり強くない気がした。
「お前ら、俺と戦うか、捕まって全て話すか選べ……今なら間に合うぞ」
「だってさぁ。どうすんのぉ?」
「…………」
レイヴィニアは、そっと爪を引っ込めた。
「降参します!! お願いします。殺さないで!!」
「……え」
「ってわけでぇす。おれら、戦闘能力ほとんどないのぉ~……情報収集が得意だからぁ」
「……まぁ、わかった。えーと……どうすっかな」
まさか、寮の中に入れてお茶を出すわけにはいかない。
王国軍を呼べばこの二人は捕まり、恐らく情報を洗いざらい吐かせられ処刑される。
魔人……魔帝の召喚獣。
不思議と、この二人からは嫌な気があまりしない。もちろん好意など抱かないし、油断ならない存在だが。
アルフェンは少し悩み、決めた。
「……よし。話を聞かせてもらう。俺の能力は知ってるか?」
「え、えーと……『硬化』だよね? 時間も空間も固めて殺す力」
「ああ。やっぱ知ってんだな」
「まぁね。うちの能力は『過去嗅』って言って、その場所の匂いを嗅ぐことで過去に何があったかわかるんだ!」
「へぇ~」
「あ!? うそうそ今のなし!!」
レイヴィニアはけっこう抜けていた。
『過去嗅』という能力。つまり、ヒュブリスと戦った場所の匂いを嗅げば何があったのか大体わかる。ウィルもフェニアもサフィーも、最近加入したアネルの能力も筒抜けだ。
情報収集をするには最適な能力かもしれない。
「そっちのお前は?」
「おれは『魔人通信』って能力でぇ~、おれの力を受けた生物は魔獣を自在に操れるのぉ。魔人同士でどんなに離れた場所でも心でお話できるしぃ、すっごく便利な力なのぉ」
「……へぇ」
「こら馬鹿ニスロク!! 自分の能力ペラペラしゃべる馬鹿がどこにいる!?」
「あぁ~ごめぇ~ん……」
アルフェンは毒気を抜かれた。
魔人は七つの災厄と呼ばれた召喚獣ではなかったのか。
「……ここじゃ目立つな。特別に寮に入れてやる。いいか、妙な真似したら」
「しないしない!!」
「しなぁ~い……ぐぅぅ」
必死に懇願するレイヴィニアと、どこか眠たげなニスロク。
アルフェンは、二人を寮に入れてやった。
◇◇◇◇◇◇
ソファに座らせ、右手を巨大化させたまま二人を睨むアルフェン。
「あ、あの……な、何を話せばいいのでございましょう?」
「他の魔人の行方。特に『色欲』」
「ふ、フロレンティア姉ぇ? ……いやー、やめた方が。お姉、怒るとめっちゃ怖いし」
「いいから話せ」
「ひっ……はは、はい!!」
と、ここで寮のドアが開く。
「たっだい……え?」
「あん?」
「……え、だれ?」
フェニア、ウィル、アネルが、大きな買い物袋を持って戻ってきた。
「魔人……は、やるじゃねぇか。生け捕りとはな」
「待て待て落ち着け。今、こいつらから話を聞いてる最中だ」
「あ、アルフェン……なんで寮に入れたのよ?」
「……まぁ、なんとなく」
「で、魔人……どうするの?」
「情報をもらう。その後は……ガーネット先生に引き渡すか」
レイヴィニアはビクッとし、ニスロクはウトウトしていた。
ウィルは左手をレイヴィニアに向け、殺気を込めて言う。
「吐け。『色欲』の居場所を」
「え、えっと……そのフロレンティア姉ぇは、この国にはいない。アースガルズ王国じゃない国で、獲物を探して狩ってると思う」
「呼べ」
「えぇぇぇぇっ!? よ、呼ぶって……マジ?」
「二度は言わないぞ」
ウィルは左腕を機関銃に変えた。
凶悪な形状にレイヴィニアは震えあがる。
「よ、呼ぶのはいいけど……うちらが呼んだってバレたら殺されちゃう!! うちら、アベルよりは強いけどヒュブリスより弱いし、フロレンティア姉ぇは怒るとメチャ怖だし!!」
「死ぬか?」
「呼びますはい!! うぅ……来なきゃよかった」
「ま、待て待て。呼ぶなら今すぐじゃなくて明日にしろよ。こんな夜中に呼んで戦うのは難しいだろ? 明るいうちに呼んでから戦えよ」
「……チッ」
「ほっ……」
アルフェンの提案にレイヴィニアはホッとする。
すると、黙っていたフェニアが言う。
「で、この子たちどうすんの?」
「……見張るしかないな。今ガーネット先生に連絡したら問答無用で連れて行かれそうだし」
「がが、ガーネット……やだやだ!! あの鬼ババに連れて行かれたら殺される!! お願い、うちら何でもするから殺さないで!!」
「……なんか、可愛そうだね」
アネルが同情してしまう。
ニスロクはともかく、レイヴィニアは子供にしか見えない。
聞いてもいないのに、レイヴィニアは語りだす。
「うちとニスロクはもともと戦いなんてしたくないんだって!! 魔帝様が呼ぶからこっちに来ただけだし……能力も戦闘向きじゃないから雑用ばっかりでさ、そりゃこっちの世界に残りたいよ。あっちと違ってこっちはキラキラしてるし。食べ物は美味しいし、羨ましいったりゃありゃしない!! あぁもう『嫉妬』しちゃう!!」
レイヴィニアはキーキー怒る。
すると、アルフェンが聞いた。
「あっちの世界、こっちの世界……つまり、俺が見てるセピア色の世界は、召喚獣の世界なんだな?」
「そうだよ。その眼、『ジャガーノート』様の眼でしょ? 魔帝様が初めて召喚した『召喚獣王ジャガーノート』様の眼」
レイヴィニアは、あっけらかんと答えた。
「……すまん、もう一度」
「だから、ジャガーノート様。うちら召喚獣の王で、魔帝様が初めてこの世界に召喚した召喚獣。ジャガーノート様、ずっと前に魔帝様に滅ぼされたはずなんだけど……あんたの眼に宿ってるみたいだね」
「…………」
「ねぇ、あんたの召喚獣ってモグラだったんでしょ? たぶんだけど、ジャガーノート様は完全に消滅していなかったんだよ。それで、あんたが生まれたと同時に『魂の扉』と繋がって、モグラの姿になってあんたの召喚獣になったんじゃないかな?」
「……すまん、一個ずつ頼む」
アルフェンだけじゃない。フェニアもウィルもアネルもポカンとしていた。
もしかしたら、召喚獣の歴史が紐解かれているのかもしれない。
「まず、『魂の扉』ってなんだ?」
「んー、ヒトの世界とうちらの世界を繋ぐ扉だよ。人間が生まれると扉が開いて、あたしらの世界にいる召喚獣一匹と繋がるの。召喚獣はヒトの世界にいけるんだ」
「……行ける?」
「うん。あたしらの世界って『色』がないでしょ? このヒトの世界はいろんな『色』であふれてる。召喚獣はこの美しい世界に憧れて、ヒトの魂と繋がって外に出るんだ。対価として『能力』を与えてね」
それは、召喚獣の歴史の真実だった。
レイヴィニアがウソを付く理由はない。
アルフェンたちは、あっけらかんと真実を聞いてしまった。
「魔帝様は、一人でいくつもの『扉』を開ける稀有な人間だった。数千年前、初めてヒトの世界に召喚獣を召喚したんだ。その時の召喚獣が、うちらの王『ジャガーノート』様だったの。それから魔帝様はヒトの世界にいくつもの召喚獣を召喚して、他のヒトにも召喚の方法を教えて、今の召喚士の歴史が始まったんだ」
「……ま、魔帝っていくつなんだ?」
「知らない。『女王』が『無限生命』の力を与えたから死なないんじゃない?」
「女王?」
「うん。ジャガーノート様の対となる召喚獣。『生命の女王』」
「…………」
「魔帝様。ジャガーノート様に裏切られたってすっごくキレちゃってさ。あたしらの世界にいる凶悪な召喚獣を山ほど呼んだの。ジャガーノート様ってば人間を守ろうと戦ってさ、四肢を引き裂かれて召喚獣の世界に送り返されちゃったのよ。大暴れした魔帝様はとっても強い二十一人に封印されちゃうし……残されたうちらはしばらく自由にしてたんだけど、最近になって魔帝様が封印破ったのよ。んで、力をためるからってうちらに雑用押し付けて……」
かなりの情報を得た。
というか、衝撃の事実が山ほどだった。
アルフェンは、右腕を見る。
「モグ……お前、ヒトのために戦ったのか」
それが誇らしく、つい右手を撫でてしまう。
知られざる事実。レイヴィニアがウソを言っている可能性もあったが、今は信じられた。
ようやく復活したフェニアが言う。
「それにしても、七つの災厄って呼ばれた魔人が、こんな女の子だったなんてね」
「ああ、あたしとニスロクは情報収集担当だったから。メインで戦ってたのはフロレンティア姉ぇとオウガ、あと……ベルゼブブ。ヒュブリスは戦闘苦手だったから補助。うちとニスロクは魔獣の操作してた。アベルは臆病でずっと隠れてたよ」
「なるほどね」
フェニアはメモを取る。
レイヴィニアは、聞けば答えてくれた。話すのが楽しいらしい。アネルもお土産で買ったクッキーなどを食べさせ、レイヴィニアはホクホク顔だ。ちなみにニスロクはずっと寝ていた。
「うちら七人、兄弟ってわけじゃないんだよ。あっちの世界では強大な力を持った召喚獣なの。魔帝様が兄弟みたいって言ったから、そう名乗ってただけ」
「ふ~ん。あ、レイヴィニア、お風呂入る?」
「入る入る! こらニスロク、寝るならベッドで寝ろ!」
「んぁ~~~……」
「いや打ち解けすぎだろ」
さすがのアルフェンも突っ込んだ。
ここまで話した以上、レイヴィニアは敵とは思えないアルフェン。
確認を込め、提案してみた。
「なぁ、レイヴィニア……」
「ん、なに?」
ん、なに?
敵意がまるでない返事に、アルフェンは思わず苦笑する。
「お前、人間のことどう思う?」
「え、別に嫌いじゃないよ。だって美味いご飯いっぱい作れるし。あんたのことは殺そうと思ったけど、今はもうどうでもいいって感じ」
「……これからどうする?」
「フロレンティア姉ぇを呼ぶんでしょ? その後は……あんたが決めて」
「……わかった。じゃあ、ここにいるか?」
「え?」
「人に危害を加えないってんなら、ここに残れるようにガーネット先生に話を付ける。どうもお前、敵とは思えないんだよな……そっちの奴も」
「いいの? うち、けっこう嫉妬深くて、ヒトのこと羨ましがっちゃうけど」
「そんなの誰だって一緒だ」
「ニスロクは? こいつすっごい怠惰で、ほっとけば何か月も寝ちゃうよ」
「起こせ。それならいいだろ」
「……じゃあ、いる」
「よし。それと、何度も言うけど、ヒトに危害を加えるなよ?」
「わかった! 約束する……ニスロク、起きろ! 約束!」
「んあぁぁ~?」
ニスロクを叩き起こしたレイヴィニアは、にっこり笑って約束した。
フェニアもアネルも笑い、レイヴィニアに言う。
「よし! じゃあお風呂に入りましょう!」
「お風呂あがったらデザート食べよう。いいよね、フェニア」
「うん! サフィー用に買ったやつだけどいっか」
「おお、デザートだと!?」
三人は浴場へ。
ウィルはずっと黙ったまま、帽子をクイッと持ち上げた。
「『色欲』……殺してやる」




