誓いのBe The One
『完全侵食』とは、寄生型召喚獣がその全能力を解放。宿主の身体を媒介に、召喚獣が究極の力を行使することである。
寄生型召喚獣。本来、寄生型召喚獣というカテゴリはない。
召喚獣は、『人の世界』で死ぬと肉体は滅び、魂は『召喚獣の世界』へ帰る。
だが、ここに例外が存在する。
召喚士が死ぬと、ヒトの魂は消滅する。だが、ヒトの魂が消滅する前に、召喚獣の魂が混ざりあうことで爆発的な生命力へと変換される。すると、召喚獣は姿を変える。
意志は消え、召喚獣としては死ぬ。だが、新たな姿となり名前も変わり、普通の召喚獣とは一線を画す戦闘力を有する。それが寄生型召喚獣である。
だが、本来召喚獣はヒトに対してそこまで命を賭けない。ヒトが死んでも召喚獣は『召喚獣の世界』へ帰り、再び召喚されるのを待てばいいのだ。
召喚獣は、無限の存在。死ぬことはないし、老いることもない。
どんなに召喚士が愛を注ごうと、召喚獣にとってはほんの一瞬の時間に過ぎないのだ。だから、命を賭けてまで、短い人生しか送らない人間を助けるなんて思わない。
寄生型召喚獣は、例外中の例外。
真に絆を深め合っても、覚醒することはない。
それに、召喚獣から見ても、命を投げ出すなんて馬鹿のすることだ。そう思われていた。
でも、召喚獣ですら知らない境地がある。
完全侵食は、ヒトの魂が混じり合った意思なき召喚獣が、その力を解放した姿。だが……もし、もしも、その召喚獣に意志が残っていたら?
召喚獣の王ジャガーノートの意志が、寄生型召喚獣となっても残っていたら?
召喚獣は、ヒトの力があって初めてこの世界に現れる。
召喚獣だけの力は、本当の力とは呼べない。
だが……ヒトの力が合わされば?
もしも、進化した召喚獣に侵食されただけの姿に先があれば?
きっとそれは、人と寄生型召喚獣の『絆』が生み出した姿だろう。
始まりの寄生型である、ニュクス・アースガルズでさえ知らない姿だ。
アルフェンは、完全侵食を解除。
人の姿で、静かに目を閉じていた。
◇◇◇◇◇◇
そこは、リグヴェータ家の裏庭。
晴れ渡る青空。心地よい風。柔らかな草木の匂い。
アルフェンは、目の前にある畑の傍にしゃがみ込んだ。
「モグ」
『もぐ!』
そこに、可愛らしい一匹のモグラが、地面から現れた。
そっと手を伸ばすと、モグは鼻先を近づけクンクン嗅ぎ、嬉しそうに手に乗った。
アルフェンは、モグを抱きしめる。
「モグ───やっぱり柔らかいな」
モグは鼻をスピスピさせ、にっこり笑う。
『アルフェン。私は……お前に抱きしめてもらうのが、大好きだ』
「うん……」
『このぬくもり、私はずっと忘れない……ずっと』
「うん……俺も」
『アルフェン。ドレッドノートを止めてくれ……いや、止めよう。この世界を守るために』
「ああ。俺たちの大事なものを、守るために」
アルフェンは、モグを抱きしめたまま座った。
柔らかなぬくもりを、身体と心に刻み付けるように抱きしめる。
『心を一つに』
「魂を一つに」
『我が名はジャガーノート。召喚獣の王』
「俺はアルフェン・リグヴェータ。ちっぽけな、ただの人間」
『今、ここに』
「俺とジャガーノートは、一つになる」
モグの姿が、静かに薄れていく。
ぬくもりが、徐々に消えていく。
でも、寂しくない。
モグは、ジャガーノートは……ここにいる。
「『究極合身』」
◇◇◇◇◇◇
それは、変化だった。
アルフェンは上着を投げ捨て、上半身裸になる。すると、赤い帯のような細い管が刺青のように全身を駆け巡り、右腕だけジャガーノートの腕になった。
通常の腕ではない。どこかスタイリッシュな右腕だ。
魔獣のような禍々しさのない、ヒトの姿とジャガーノートの姿、その中間だ。
『……なに、これ?』
ドレッドノートは、アルフェンの姿に首を傾げた。
完全侵食でもない、通常の変化でもない、どこか中途半端な姿。
アルフェンは、両目とも黄金に輝いていた。
その眼が、ドレッドノートを射抜く。
「終わらせるぞ、ドレッドノート。お前をニュクスから引き剥がして、あっちの世界に送り返してやる」
『へぇ~? そんな半端な姿で戦うつもり?』
ドレッドノートの左手が巨大化、拳となり飛んできた。
ニュクスの時よりも速い。だが、アルフェンの表情は変わらなかった。
右手を軽く前に突き出し、ドレッドノートの左手を受け止めたのだ。
『なっ!?』
「……無駄だ。今の俺は、お前より強い」
ドレッドノートの左手を軽く払い、漆黒の右腕を開いた。
「『ジャガーノート・最終獣王形態』……これが、俺とジャガーノートの最終形態。人と召喚獣が交わった、究極の姿だ!!」
アルフェンは叫び、ドレッドノートに向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「だぁぁァァァァァァッ!!」
『───ッ!!』
アルフェンは、ドレッドノートに向かって全力で走り出した。
全身に刻まれた刺青のような文様が真っ赤に輝き、漆黒の右腕がギリギリと握り締められる。
ドレッドノートは、アルフェンに向かって『ギロチン』を飛ばした。
背中から生えているギロチンは、アルフェンを両断せんと襲い掛かる。
「邪魔だぁ!!」
『なっ!?』
だが、アルフェンは右手を振りギロチンを弾き飛ばす。
さらに、槌が上空から落ちてくるが殴り返し、球体が飛んでくるが蹴り飛ばす。そして、五十二枚のカードが飛んでくるが全て両手で叩き落した。
身体能力が、生身やジャガーノート態の比ではない。
アルフェンは、拳を握りドレッドノートの目の前に来た。
「まずは一発!!」
『ぬっ……!?』
アルフェンの右拳が、ドレッドノートの心臓を狙って放たれた。
だが、ドレッドノートは両手を交差させてブロックする……その衝撃で、ドレッドノートの身体が浮き、弾かれる。
アルフェンは追撃するためにさらに接近。両拳、連蹴りのコンボを繰り出す。
『こ、の、ガキッ!!』
「だらぁぁァァァァァァッ!!」
アルフェンの連続攻撃。
あまりの手数に、ドレッドノートは反撃できない。
『我儘な女王』を使おうと集中するが───。
「おぅらぁっ!!」
『ぎっ……!?』
「っしゃぁぁぁぁっ!!」
沈み込んでからの突き上げフックが、ドレッドノートの十字受けを弾き飛ばす。そこからボディに一撃入れ、顔面に強烈なストレートが入る。
『ブガッ!?』
「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
止まらない───。
『我儘な女王』を使うには、ある程度の集中が必要だ。だが、今のアルフェンは止まる気配がない。
寄生型召喚獣との完全融合。肉体に侵食するのではなく、互いに理解しあった上での完全な同化。これが『完全侵食』の先にある召喚士の最終到達系。
『究極合身』───恐らく、召喚獣の王ジャガーノートと、ジャガーノートを真に理解した存在であるアルフェンにしか発現不可能な力。
一撃一撃に『硬化』と『終焉世界』が付与されており、ドレッドノート以外の召喚獣が受けたらまず一撃で即死だろう。
『これが、ジャガーノート───ッ!!』
「ジャガーノートだけじゃねぇ!! 俺も一緒だぁぁァァァァァァ!!」
アルフェンの連続攻撃は、止まる気配がない。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンとドレッドノートの最終決戦が始まる少し前。
フェニアたちは、メルを除いた全員がそろった。
「まったく。心配してたのに、一人で煙草吸いながらお酒飲んでるなんてね」
「……別にいいじゃねぇか」
「駄目に決まってるでしょ!! みんな一生懸命戦ってるのに!!」
ウィルは、アネルに叱られていた。
帽子を押さえそっぽ向く姿はどこか微笑ましい。
フェニアは、サフィーにヒソヒソ言う。
「すっかり尻に敷かれてるわね」
「ふふ。二人ともすっごく仲良し……ううん、お似合いですね」
「そうね。ふひひ、ウィルをしばらくからかえそう」
「おい、聞こえてんぞ。そこの痴女」
「は? はぁ? 誰が痴女よ誰が!!」
現在。フェニアは身体にシーツを巻いているだけの状態だ。
『融合』で服が消滅したので、空き家にあったシーツをドレスのように巻いている。着替えなど準備していないし、仕方ない。痴女のようだと言われ、フェニアは恥ずかしくなった。
すると、アネルがウィルの頭を叩く。
「っだ!? な、なにしやがる……」
「あんまり見ちゃ駄目!! まったく、スケベなんだから」
「は、ガキの身体に興味ねぇよ。それに、あの馬鹿の嫁に手ぇ出すほど飢えちゃいねぇ」
「よ、嫁……うふふ。嫁だって、嫁」
「むー……フェニア、ずるいです」
「ガキの身体って、二歳しか違わないのよ!! まったく、ウィルのスケベ……」
なぜかアネルはそっぽ向く。
すると、アネルの足に赤毛のもふっとしたトラが身体を擦りつけてきた。
『おい。こんなところで話してていいのか? あいつのところ行くんだろ』
「そ、そうだった!! フェニア、サフィー、アルフェンのところに行かないと!!」
赤いトラことレイヴィニアを抱き上げるアネル。
傍に、突っ伏して寝ているナマケモノことニスロクもいた。フェニアが抱き上げる。
「はぁ~モフい。レイヴィニア、アルフェンの居場所、わかる?」
『ああ。あっちから匂いする!!』
レイヴィニアは、前足を遥か前方へ向ける。
ウィル、アネル、フェニア、サフィー、レイヴィニア、ニスロク。誰も欠けることなく、この最終決戦を生き抜いてきた。
そして最後。アルフェンが戦っている。
「行こう!! アルフェンのところへ!!」
フェニアがそう叫び、走り出す。
S級召喚士たちは、アルフェンの元へ向かう。




