イザヴェル領地へ
アルフェンは、久しぶりに自宅へ戻った。
自宅と言ってもリグヴェータ家ではない。アースガルズ王国で購入した自宅だ。
ここは、メルの部下に管理を任せている。ここに来たのは、報奨金の金貨を取りに来ただけだ。
アルフェンは、自宅の地下室に保管されている山のような金貨樽の一つを開け、適当に財布に入れた。
地下から出ると、三人のメイドが出迎えてくれる。
「用事は終わった。引き続き、管理よろしくな」
「「「かしこまりました。ご主人様」」」
「あ、ああ。えーと……ヨハンナ、ルイーナ、マイン」
アルフェンに忠実なメイド三人は、お辞儀したままだった。
三人に見送られ、玄関まで向かう。すると、執事のヘイムダルがいた。
「旦那様。いってらっしゃいませ」
「うん。たまにしか帰ってこないからさ、みんなも自由にしていいよ。ほい」
「こ、これは……」
アルフェンは、金貨の入った袋をヘイムダルへ渡す。
平民が二年間は何もせず遊んで暮らせるくらいの金額だ。だが、家の地下にある金貨の数千分の一もない。適当に袋に入れた金貨だった。
「好きに使ってよ。ま、追加給金ってやつだ」
「旦那様……ありがとうございます」
「うん。じゃあ、あとはよろしく」
そう言って、アルフェンは外へ。
外には、フェニアたちS級が勢ぞろいしていた。
フェニアは、腰に手を当てて言う。
「遅い」
「悪い悪い。じゃあ、行きますか」
マルコシアスの背には、特注で作らせた背負い型の頑丈な箱が取り付けてある。ここには、アルフェンたちS級の荷物が入っていた。
そして、大きな取っ手付きの揺り籠がある。揺り籠の中は円形で、ぐるりと囲むように椅子が取り付けられている。籠の一部が引き戸になっており、全員が座った。
フェニアは、グリフォンに言う。
「グリフォン、かなり重いと思うけど……無茶しないでね?」
『キュルル……』
グリフォンは軽く鳴き、フェニアに甘えた。
そして、全員が揺り籠に乗り込むと、取っ手部分をグリフォンが掴み空を飛ぶ。
さらに、グリフォンはマルコシアスを見て目で嗤った。
『はぐれるなよ?』
『貴様がな』
アルフェンには、そんな風にやり取りをしているように見えた。
グリフォンとマルコシアスは仲がいい……だが、この時ばかりは互いに燃えていた。
フェニアとサフィーは互いに顔を見合わせる。
「やば……グリフォン、火が付いちゃったかも」
「ま、マルコシアスもです……」
「おい、まさか」
アルフェンが二人に確認しようとしたが、遅かった。
『グルォォォォーーーーーーンッ!!』
『キュアァァァーーーーーーッ!!』
それぞれが競争するように飛び、走り出した。
マルコシアスとグリフォンは、『どちらが先にイザヴェル領地に着くか勝負』しているようだ。
揺り籠は恐ろしく揺れ、中にいるアルフェンたちも揺れる。
「「うおぉぉぉぉーーーーーーッ!?」」
「「「「「きゃぁぁぁぁーーーーーーッ!?」」」」」
「おいフェニア、グリフォン止めろ!?」
「むりむり止まんないーーーーーーッ!?」
「マルコシアス、ちょっとぉぉぉーーーーーーッ!?」
「ゆれるゆれるぅ~~~」
「あっはっは!! なんか楽しいぞー!!」
「う、き、気分が……お、王女たるわたしが、吐くなんて、だめ……」
「早いけど、アタシのが早いかも……みんな大丈夫?」
アネルとレイヴィニア以外、地獄の数時間を味わうのだった。
◇◇◇◇◇◇
イザヴェル領地。
いくつかの集落と、やや大きな町が一つだけの小さな領地。
主な産業は農業、畜産業、養蚕業。特に畜産業が盛んで、イザヴェル領地で育てられた乳牛のミルクは絶品である。
チーズ、バターなど、他領土に出荷しており、その評価はとても高い。
アルフェンたちは、たった半日でイザヴェル領地に入り、『中心都市イザヴェル』に到着した。
町の入口でグリフォンとマルコシアスは停止。街中でも普通に召喚獣が闊歩していることから、大した注目は浴びなかった。
アルフェンは、グリフォンの揺り籠からようやく解放される。
「こ、ここがイザヴェルか……うっぷ、気持ち悪い」
「グリフォン……あとでお仕置きね」
『キュルル……』
「マルコシアスもですよ……」
『きゅぅん』
二匹とも反省していた。だが、かなり急いだのでたった一日で到着した。
メルの顔色は悪い。絞り出すような声で言う。
「りょ、領主代理にご挨拶しましょ……ちなみに、領主代理はわたしの協力者だから……うぷ」
「おい、吐くなよ。腹黒お姫様」
「は、吐かないわよ!! まったくもう……」
「おっおー!! なぁなぁ、遊びに行きたい!! 行くぞニスロク!!」
「う~ん……ぼく、眠いよぉ」
「こらこら、行っちゃ駄目!」
アネルがレイヴィニアの襟を掴んで止めた。
アルフェンは、町を眺める。
アースガルズ王国王都ほど栄えているとは言い難いが、それでも人の往来は多く、飲食店や商店も多い。
「領主の館は町の一番奥。あの小高い丘の上にある、木々に囲まれたところよ」
メルが指さしたのは、入口からでもよく見える小高い丘。そこにチョコンと建つ館だ。
かなり遠く、ウィルが言う。
「おい、グリフォンに運んでもらおうぜ」
「駄目。せっかく町の入口で降りたんだから、歩くわよ」
「……チッ」
ウィルは舌打ちするが、アルフェンがその肩を叩く。
「まぁいいじゃん。せっかくだし町を見て回ろう。それに、ウィルが気に入る酒場とかあるかもよ?」
「……行くぞ」
「あ、待って!」
「おい、うちも行くぞ。ニスロクも!」
「う~ん……まってぇ」
「アルフェン、あたしたちも!」
「お、おお」
「あ、まってください!」
メルを残し、全員が町に向かって歩き出した。
「ふぅ……少しは気を抜かないとね」
たぶん、これが最後の休暇になるから。
メルはそれを言わず、小高い丘に建つ館を眺めていた。




