055 会談
ボクがソーセスに行く日が来た。3輌の大型ヴィークルの1輌に乗り、3騎のエクスペル・アーマーと6輌の2輪ヴィークルに護衛されて、かつて住んでいた都市へとボクは入った。
ちなみに、都市まで護衛してくれたエクスペル・アーマー3騎は、ハイダ様の小隊。ハイダ様が護衛を強く申し出て、あっさりと承認された。
都市の中は、そう変わっていない。記憶にあるままの南東の都市の姿だ。まあ、あれから一年も経っていないのだから、当たり前かな。一年やそこらで、そう変わることもない。
それでも、そこここに新しく作られた感じの建物がある。建物全体ではなく壁の一部だけ新しくなっているね。淫獣の襲撃の時に破壊されたんだろうな。
ボクたちの乗るヴィークルは、都市に入ってからは、待っていたエタニア人の2輪ヴィークル2輌に先導されて、何事もなく議事堂の敷地に入った。今はここが、エタニア人たちの政府の中枢ってことかな。
ヴィークルを降りて議事堂に入り、エレベーターで23階に上がる。そこは広い会議室だった。
エタニア人側はスカーレットと、あの人はルージュって言ったかな? あとは知らない人が何人か。
こっちはソーセス臨時政府の官僚4人とボクとヘルミナさん、それに護衛のハイダ様、リチルさん、ボリーさん、カルボネさん。ベルリーネさんはエクスペル・アーマーで、ほかの護衛もヴィークルに乗ったまま外で警戒している。
今回の会談は、まず、エタニア人たちのボクに対する謝罪から始まった。ボクを誘拐したことと、先日の誘拐未遂。誘拐なんて企てないで、最初から交渉すれば良かったんじゃないかと思うけれど、ウェリス人とエタニア人とで考え方が違うのかな。
そして、先日行われた会談での合意事項の確認。
ボクとスカーレットが交わった後、淫獣の残る半数もエタニア大陸に帰り(半数は今日までに帰っている)、二度とウェリス大陸、セレスタ地峡の地を踏まない。そして、ウェリス人の男もウェリス大陸から出ない。今現在、エタニア人たちが行なっている男と淫獣の隔離を、より強固に行うということだ。
エタニア人の牝も、一部を除いてエタニア大陸に帰る。代わりというわけではないけれど、女と牝は両大陸を自由に行き来可能とし、居住も自由とする。
また、ソーセス侵略の賠償として、エタニア大陸で発見された先文明の史料の譲渡と遺跡の調査権を、ウェリス側が得る。コールドスリープ装置など、一部の史料は情報だけでなく現物もある。
ウェリス人がエタニア大陸を訪れた際は、淫獣が無条件に襲わないことを保証する、要は同意なしの性行為を禁ずる。
細かくはもっといろいろあるし、これから詳細を詰めていくものもあるらしいけれど、概ねそんなところだ。あとはボクとスカーレットが致してから守られるかどうか、だけれど、淫獣の半数がウェリス大陸を去ったことは軍でも確認しているとのことなので、残りも大丈夫だと思いたい。
合意内容の確認が終わった後、部屋を移動した。案内された部屋に、ボクはスカーレットと2人だけで入る。
天井はそれほど高くないけれど広い部屋で、壁の一面は全面が鏡になっている。ソーセス臨時政府の閣僚と護衛、それにエタニア人の主要人物が隣で見ているはず。他にも、部屋の天井四隅にカメラがあって、部屋の様子を撮影している。マイクもあるはず。
部屋の中央には大きなベッド。敷かれたシーツは真っ白で、これから汚すのが申し訳ないくらい。
ベッドから少し離れた場所に丸テーブルと椅子が2脚。それにハンガーラックと棚と冷蔵庫、かな。
「始める前に一献、と言いたいところじゃが、其方とのまぐわいをずっと夢見ておっての。すぐに始めたいのじゃが、良いかの?」
スカーレットは流し目を使いつつ、着ているゆったりした純白の服の胸元を広げ、肩を出してボクに迫る。
この部屋に入ってスカーレットが色気を出した途端、恐怖が心の奥から込み上がって来る。いや、恐怖とは違う、不安、かな。
その不安を胸の奥に押し込んで、ボクは笑顔を作る。
「えーっと、できればその前に少し話をしたいんだけど……」
「嫌じゃ。早く其方の身体を味わいたいのじゃ」
ボクの提案を、スカーレットは拒否した。だったら、ボクにわざわざ聞く必要もないのに。
ボクとしては、ヤる前にあの話をしておきたいんだけど……ボクも途中で強引に話そうかな。
スカーレットはゆったりした服をするりと床に落とす。ウェリス人とは色合いの違う、褐色の滑らかな肌が現れる。微かに艶があるように見えるのは、汗だろうか。それともローションが何かを予め塗ってあるのかも知れない。それが余計にエロスを醸し出す。
これもウェリス人にない色の深紅の髪は艶やかに背中に流れ落ち、溜息を吐くほどに美しい。見慣れない肌に髪だけれど、スカーレットが美女であることに異論を唱える男は、女も、いないだろう。
ボクも自分の着ている服を脱ぐ。このことは解っていたので、脱ぎやすさを一番に考えた服を着せられてきたので、すぐに全裸になる。
「なんじゃ、もう裸か。妾が脱がせたかったのだがの」
スカーレットがちょっと口を尖らせた。口調はともかく、その様子に聖女としての威厳はなく、ボクの表情は自然に緩んだ。
ベッドでしばらく抱き合った後、本番の前にボクはスカーレットの耳に口を寄せて囁いた。
「本番の前に、伝えたいことがあるんだけど。みんなには内緒で」
「なんじゃ?」
「ちょっと長くなるから、落ち着いて話したいんだけど。スカーレットも今ので、少しは落ち着いたでしょ」
「ふむ。ヤりながらでは駄目かの」
「ヤる前じゃないと意味ないから。ボクの話を聞いて、それでもスカーレットがその気なら、ボクは構わない」
「……」
しばらく無言だったスカーレットは、頭を上げてボクを見下ろした。
「妾が其方との行為を躊躇うような話、と言うことかの?」
「多分、そう」
また暫く沈黙したスカーレットは、身体を完全に起こしてボクから下りると、天井に向かって声を張った。
「ルージュ、妾が合図するまで、この部屋の音声モニタを止めよ。妾と聖人殿、2人だけで話がしたい」
「ボクからもお願いします。スカーレットと女男の内緒話をしたいから」
ハイダ様も聞いているところでこの台詞はないよなぁ、と思いつつも、ソーセス臨時政府の人に反対されたくないので、口を添えた。
「スカーレット様、よろしいのでしょうか?」
「構わぬ」
「セリエスも?」
「はい、ぜひお願いします」
スピーカーの向こうで少し揉めていたようだけど、最終的にはボクとスカーレットの要求は通り、部屋のマイクが切られた。この部屋からでは確認のしようがないので、信じるしかない。
「さて、長くなるなら、一献どうじゃ」
ボクより先にベッドを下りたスカーレットは、棚からグラスを2つ出してテーブルに置き、冷蔵庫から水差しを出して椅子に座り、手ずからグラスに中身を注ぐ。
「萎えると不味いからの、アルコールは抜きじゃがの」
「はい」
少しくらいなら飲んでも問題ないけれどね。真面目な話をするから、酔っていない方がいいけれど。
ボクはスカーレットの向かいに腰掛けてグラスを取り、少しだけ口に含んで嚥下した。
「毒を疑わないのかの?」
「スカーレットはボクの種が欲しいんでしょ? なら、そんなことするわけないよ」
「ふふ、顔に似合わず、豪胆なところがあるの」
スカーレットは笑った。全裸の彼女の後ろで、2本の触手が蠢いている。何か意味があるのかな? 興奮すると自然と動いちゃうとか。ま、いっか。
「それで、話とはなんじゃな? 出来るだけ、手早く済ませて欲しいのじゃが」
「努力します。えっと、ボクの話の前に、まず聞いておきたいんだけど、エタニア大陸では先文明の歴史資料ってどの程度残っているの? 聖女と聖人の子供、御子がエタニア人とウェリス人を導くっていうのは、その史料から?」
「ふむ。エタニア大陸の遺跡からは情報はあまり出ていなくての。しかし、出土品ではなく、伝承があるのじゃ」
「伝承?」
「うむ。『人類の存続が危機に陥った時、聖女と聖人の血を引く御子が救世主として立つだろう』とな。本来の文はもっと長いが、要約するとこのようになるの」
「なるほどね。だからボクの確保を目的に、ウェリス大陸への進出をしたわけか」
「そういうことじゃ。色々と迷惑をかけてすまなかったが、いよいよ妾らの存続が危ういと感じての、強硬手段を取らざるを得なかった」
「まずは話し合いからして欲しかったけどね。まあ、それは済んだことだからいいや。
ここからはボクの、っていうかウェリス大陸の遺跡からは見つかった歴史資料の話になるけど、心して聞いてよ」
「うむ」
ボクは、グラスからまた一口を飲み込み、話し始めた。




