053 反撃の一手、それは?
「私は反対です」
立ち上がったハイダ様の凛とした声が会議室に響く。
「聖人とはいえ、セリエスは男であり、一般人です。現在、事実上の敵地となっているソーセスに潜入させ、敵の中枢にいるであろう聖女を自称する人物と接触するなど、正気の沙汰とは思えません」
ハイダ様はボクのために怒ってくれている。ちょっと、いや、かなり嬉しい。でも今は、そんなことで一喜一憂している時じゃないけれど。
「しかし、未来のことを考えればこの作戦の実行は不可欠だ」
司令が重々しい声で言った。
「史料を見れば、それが確実に効果を発揮するとは言えませんし、そもそも遠い未来のことはともかく、直近の状況には影響がありません。つまり、我々がソーセスに帰ることを当面諦める、ということになります。そんな作戦を支持することはできません」
「ソーセス帰還のための作戦は、もちろんこの件とは別に立案する。しかし、将来に渡って禍根を残さないようにすることも、我々の重要な任務だ」
今度、答えたのは参謀長だった。
「しかし、それが上手くいく可能性は未知数、いや、ほとんどないといってもいいでしょう。それでも……」
ハイダ様はさらに上官たちに反論し、けれど司令たちは肯んじない。ヘルミナさんと政府の高官たちは、ちょっとうんざりしている感じ。ヘルミナさんはちょっとじゃないね、うんざりした態度を隠そうともしていないよ。ボクが来る前に行われていたのは、こんな会話かな。
「あの、すみません」
ボクはそっと、右手を上げた。視線がボクに集中する。
「セリエス、何でしょう?」
司令に発言を認められて、ボクは少し緊張しつつも、発言した。
「ソーセスに秘密裏に潜入する必要はないんじゃありませんか? 正面から堂々と入ればいいと思うんですけど」
「セリエス!?」
ハイダ様が目を剥いた。思わずといった感じでボクの肩を掴む。肩に喰い込むような感触は、それだけハイダ様がボクを大事だと想ってくれている証明で、こんな場所ながらちょっと嬉しくなってしまう。
「ハイダ、落ち着きなさい。セリエス、潜入の必要がないとは、どういうことかしら?」
司令が言って、ハイダ様もひとまずボクから手を離し、椅子に座り直した。
ボクは唾を呑み込んでから続けた。
「えっと、エタニア人の目的ってボクですよね。ボクの精子かな。そして今回の新事実で、こちらとしてもボクが聖女と致して来るのが今後のためにも必須になりました。つまりは、双方の利害が一致したわけです。
それなら、ソーセス政府として予めコンタクトを取った上で、ボクが政府や軍の人たちと一緒にソーセスに入り、政府はボクを取り引き材料にしてエタニア人と交渉を、ボクは聖女をタラし込んで交わる、ってことにすれば」
「それは……それができれば最善とは思いますが、可能でしょうか? 聖人と聖女のことはあちらも望んでいることですから、どうとでもなるでしょうけれど、エタニア人との交渉は可能でしょうか?」
政府高官の1人が言った。ボクは彼女に顔を向けた、
「それは政府の交渉力次第と思いますよ。最初は政府の交渉人だけで赴いて、呑まなければボクは行かないことにするとか、いっそのことボクの命を交渉材料にもできるし」
「セリエスっ!!」
響いたハイダ様の声は悲鳴のようだった。
「戯れにもそんなことは言うなっ!」
「……ごめんなさい」
ボクは素直に謝った。
「ボクも、死ぬ気はありませんし、政府や軍としても聖人を失うわけにはいかないでしょうけど、でも、エタニア人側にそう見せるのは有効かも知れませんし」
「……それはどうかな。入り込んでいたエタニア人の諜報員から、こちらの聖人に対する対応は知らされているだろう」
参謀長が苦々し気に言った。そう言えば、ボクを誘拐したモレノさんは、元々参謀長の首席秘書官だったっけ。長い間近くにいたのに気付かなかったことに、遣る方無い思いがあるんだろうな。
「その辺り、どの辺までを交渉材料として使うかはお任せします」
「解りました。段取りも含めて、計画を練りましょう」
高官2人が、力強く頷く。
「あ、それと『聖人の真実』ですけど、それはあっちにも伝えたいんです」
加えたボクの言葉に、全員の疑問の視線が集中した。
「それは何故かしら?」
ヘルミナさんが代表して、ボクに聞く。
「えっと、こっちの目論見通りに事が進むと、エタニア人の牝の滅びが早まるわけですよね。例えば1000年が900年になる、程度だとしても。それを伝えずに、選択肢を示さないで強引に事を進めるのはフェアじゃないと思って……」
「セリエス、これは戦争だ。戦争はフェアだのどうのと言ってはいられないものだ」
ハイダ様が窘めるようにボクに言った。
「それは、ボクのことを第一に考えてくれる人の台詞じゃないですよ」
ボクはハイダ様に笑顔を向けた。
「私は一兵士だからな。作戦を立案する立場にはない」
ハイダ様はそっぽを向いて言った。頬が少し紅くなっていることに気付いたボクは、その割にはボクのために色々と文句を言ってくれていたのに……と言う言葉を呑み込んだ。あんまり苛めて、拗ねられても困るし。
「では、聖人とその主姐の同意も得られたということで、ソーセスには潜入するのではなく、交渉のための使節団を派遣するという方向で作戦を検討する。この件は作戦の実行時まで、極秘とする」
司令が宣言し、全員が頷いてこの場の会議は終わりを告げた。
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その夜、ボクはハイダ様と裸身を重ねて、作戦のことについて話していた。
「はぁ、セリエス、本当にいいのか? はっ、聖女と性交することになって」
「んっ、えっと、ボクも、本当ならハイダ様以外の女を相手にはしたくないんですけど、もう今更ですし」
治療セックスや治癒セックス、それ以外にもボリーさんたちと潜伏していた時は、発情する彼女たちを鎮めるためにもヤっていたし、それ以前、遺跡に派遣された時にも女たちの性の捌け口役をやっていた。これから聖女1人増えたところで、もはや何ということもない。
「しかしセリエスっ、エタニア大陸で、聖女に襲われそうになった時、嫌な感じがしたと、言ってなかったか?」
「確かに感じましたけど、今日、ヘルミナさんも説明の中で言ってましたけど、自分が病原体となることの、嫌悪感だったんじゃないかなって」
「病原体は、ないだろ。セリエスは、立派な人間だ」
「言葉の綾ですけど、言葉を飾っても仕方ありませんし。それにもう、広めちゃってるんですよね」
「囚われていた時に、何人かと、ヤってるからか。しかし、その牝たちとの性交に、嫌悪感はなかったんだろ?」
「だから聖女を相手にしたら、効果がすごいことになるんじゃないかって」
実際のところ、ヘルミナさんの説が正しいかどうかも判らないんだよね。ヘルミナさんの説と言うより、新たに判明した先文明の史料の解釈、かな。今では失われてしまった分野の専門用語とかも先文明では使われていたから、現代人が正しく解釈できるかどうかは未知数の部分があるし。
それでも、ヘルミナさんの言っていたように、状況から推察しているだけのエタニア人たちの主張よりは正確だと、ボクも思うけれど。
……いや、ボクの場合は、その方がいい、という願望がそう思わせているのかな。だって、ウェリス人とエタニア人の雌雄が逆転しているとしたら、ボクと、ボクたち4人の従仕と主姐たるハイダ様の関係は、正しくないことになってしまうんだもの。
ハイダ様と身体を重ねているとこんなに気持ちがいいんだもん、この関係が偽りだなんて、あり得ない。
「ハイダ様、イクっ、イキますよっ」
「セリエス、いつでも、いいぞっ。はうっ」
ボクとハイダ様は、精魂尽き果てるまで、熱く激しく混じり合った。




