051 ソウト圏の集落にて
一面に広がる茶畑で、茶の葉を摘んでいく。同僚たちには理解されないけれど、私は手摘みが好きだ。つまりこれは仕事ではなく、私の趣味。今日の仕事のノルマは終わっているから。
「まーた手摘みしてんの?」
同じ集落に住む友人が揶揄うような口調で言った。
「いいでしょ。自分で飲む分なんだから」
「あんたのそのお茶、美味しいもんね。また頂戴ね」
「だったら手伝ってよね」
「はいはい」
「あ、丁寧にやってよ」
「解ってるって」
手摘みしているのは、私が個人的に栽培している茶葉で、出荷用の茶畑とは別に茶葉を何種類か育てている。これをブレンドしたお茶が美味しいのよね。
淹れたお茶の味を思い浮かべつつ、鼻唄を歌いながら摘み続ける。
南東の都市では何やら大変なことが起きているようだけれど、ソーセス圏に近いとはいえ、ここ南の都市圏の小さな集落は平和そのもの。
ソーセスから発信された、衝撃的な映像は私も見た。巨大な両生類のような怪生物と人間の女が交わる様子は、身の毛もよだつおぞましさだった。いくら最高の快楽を感じられるとしても、あんなのと性交しようとなんて思えない。
だいたい、私には3人の従仕がいる。都市で暮らしていると私程度の収入では1人の従仕を娶るのが限度だけれど、田舎に住んでいるおかげで3人でも養える。3人同時に相手をすることの、なんと淫靡なことか。怪生物とヤろうなどという気が起きるわけがない。
「ねえ、何か聞こえなかった?」
ふと手を止めた友人が、頭を上げて辺りを見回した。
「え? 気付かなかったけど」
そう答えながら、私も手を止めて耳を澄ませる。聞こえるのは、風で撫でられる茶葉の揺れる微かな音だけ。
「気のせいだったかな?」
「そうじゃない?」
何も異変の兆候を見出せなかった私たちは、また茶摘みに戻った。
その時。
「きゃああああああああああっ」
「何? どしたのっ!?」
友人の悲鳴に、さっと顔を向けたけれど、そこにいたはずの人影はない。悲鳴ももう聞こえない。代わりに、ガサガサという茶葉の鳴る音。風に吹かれる音ではない。先に友人が聞いた音か。何かいる。
「どうしたのっ。返事してっ」
大声で呼びかけながら、摘んだ茶葉を入れる籠を地面に置き、身構える。戦闘訓練はおろか、運動すらまともにやっていない、精々が畑仕事で鍛えている程度の私が身構えたところで、猛獣でも出たらひとたまりもないが、何もしないよりはマシ、だと思いたい。
そもそも、この辺りには凶暴な猛獣など生息していないはず。そんな物がいれば、こんな無防備に畑仕事をしていられない。
「きゃっ!?」
いきなり、両足首に太いロープのような物が絡み付いた。後退ろうとして足を取られ、思い切り尻餅をつく。いった〜いっ。って、そんな場合じゃない。
両足に絡み付いたロープのような物は蛇のように蠢き、脚に螺旋状に絡まりながら上ってくる。その表面はヌメヌメと濡れていて、まさにロープというより蛇のよう。けれどその先端は蛇の頭ではなく、まるで男性器。
脳裏に、以前見た映像が浮かぶ。これはアレだ。ソーセス政府が淫獣と呼んでいたあの怪生物、その触手に違いない。私はそう直感した。
「ひぃっんぐっ」
淫獣の触手だと認識した途端に込み上がる嫌悪感のまま発した悲鳴は、しかし口に突っ込まれたもう一本の触手により、途中でくぐもった喘ぎ声のようになった。
足からウネウネと身体を螺旋状に這い上る触手は、すでに私の胸にまで辿り着き、腕も一緒に巻き付かれて、私はもはや簀巻き状態。そのままグイッと足の方へ身体が引き摺られて行く。
恐怖に身悶えるけれど、巻き付いた触手の力は思いのほか強力で、触手を覆う粘液で滑りはするけれど、抜け出せそうにはない。恐怖と嫌悪感に全身から汗が滲み出る。
「むぐっ、んっ、んふぐうっ」
くぐもった声が聞こえる。声の方へ顔を向けると、淫獣の触手に四肢を拘束され口を塞がれている友人の姿が見えた。その肌には衣服の残骸と言うべき物がこびり付いているだけで、ほとんど全裸。白く濁った粘液に塗れた肌の上には、何本もの触手が這い回り、顔には恍惚とした表情が浮かんでいる。すでに淫獣に堕ちてしまったのか。
私の身体が止まった。視線を足方向へ向けると、そこには両生生物を巨大化したような、おぞましい淫獣の姿。
私はそれまで以上に激しく身悶えたものの、触手からは逃れられない。そればかりか、ヌメッと触手が擦れた途端に、服がズルリッと剥け、隠れていた肌と下着の一部が露わになった。友人が全裸だったのは、これが原因のようだ。どうも、触手の粘液は服を溶かしてしまうらしい。
これでは、拘束から抜け出そうともがくほどに、痴態を晒すことになってしまう。けれど、されるがままにしていても結局は一緒だ。
そこまで深く考えたわけではないものの、私はなんとか抜け出そうと、激しく身を捩った。
触手の、胴体に巻き付いている部分が緩んだ。これなら、腕を抜けそう。激しく暴れると、両腕が触手から抜けた。両腕とも剥き出しで、おまけに乳房まで露わになってしまったけれど、構ってはいられない。
「っ」
しかし、これで抜け出せるかも、と思った私の考えは甘かった。口に突っ込まれた触手を引き抜こうと掴んだ瞬間、別の触手が2本、それぞれの腕に絡み付いて、左右に広げられた。
いったい、淫獣は何本の触手を持っているんだろう。ソーセスの広報で言っていたかも知れないが、そんなことは覚えていない。
触手の根元に視線を向けると、淫獣の巨大な口からは、まだ何本ものフリーの触手が顔を覗かせ、蠢いている。
触手のいくつかは私とは別方向に伸びている。それを視線で追えば、両腕両脚を拘束された状態で宙に浮かされた友人の姿。友人と私を襲った淫獣は別個体と思っていたけれど、どうも1体に2人まとめて襲われたらしい。
2人を相手にしているなら、抜け出す隙もあるかも知れない。そう思いながら身体を捩るものの、抜け出せそうにない。私の抵抗を嘲笑うかのように空いている触手が伸びて来て、私にその先端を向けた。
私の全身に降り注ぐ白濁液。無数の触手が私の身体を這いずり、意識が朦朧としてくる。もう、このまま身を任せてしまってもいいか。
3人の従仕の顔が頭に浮かんだけれど、それ以上、私は抗うことができなかった。
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気が付くと、私は友人と一緒に地面に横たわっていた。
「気付いたようね」
知らない女声に聞こえたが、驚くだけの体力すら残っていない。視線だけを声の方に向けると、濃い赤茶の髪と浅黒い肌の女が私たちを見下ろしていた。女の後ろで触手が一本だけ蠢いているのが見える。
「また牡とヤりたくてなったら、ここへ来なさい。あなたたちのセルフブレスに記録したわ。別れがたい男がいれば、何人でも連れて来るといいわ」
それだけ言うと、女は立ち去って行った。
私は淫獣との行為で溜まった疲労が抜けるまで、しばらく動けなかった。
それからというもの、私は従仕たちとの性行為で満足できなくなった。日に日に欲求不満が溜まっていく。
淫獣に襲われたあの日の、あの女の言葉が耳に残っている。
『また牡とヤりたくてなったら、ここへ来なさい。あなたたちのセルフブレスに記録したわ。別れがたい男がいれば、何人でも連れて来るといいわ』
あの女はウェリス人ではなくエタニア人だろう。
確かにセルフブレスには、記録した覚えのない地図データが入っていた。そこに行けば、また淫獣とヤれる。この欲求不満を解消できる。
ただ、男、すなわち従仕を連れて行って構わない、ということは、きっとソーセスに連れて行かれることになるだろう、と予想している。それはつまり、ここまで育てた茶畑との別れを意味する。
欲求不満は募る。しかし、茶葉を置いて行くのは忍びない。
悶々とする私の背中を押したのは、いや、手を引いたのは、数日後に訪ねて来た、一緒に淫獣に襲われた友人だった。
「あたし……行こうと思うの」
「……本気?」
「うん。このまま溜め込み続けたら、おかしくなっちゃうもん。ここの生活を捨てることになるけど、気が狂うよりはマシだよ」
「あんたにも従仕が2人いるでしょ? どうするの?」
「もち、連れてく」
「……そっか」
「一緒に行こ?」
「え……でも……」
「お茶が大事なのは解るけど、種を持っていけばあっちでもきっと作れるよ。土や水が合わないとかで、最初は苦労するだろうけど」
「……そう、そうだよね。うん、解った。私もソーセスに行く」
友人に押し切られる形で、私はソーセス行きを決めた。もちろん、3人の従仕も一緒に。




