046 ハイダ:新兵装
日が経つにつれて、淫獣の群れが大きくなっている。以前は群れていても2~3体から5~6体程度だったが、最近では任務中に遭遇する群れは、10体前後になっている。
この変化に戦略研究班は、我々の戦術の変化──淫獣を確実に仕留めることから、少しでも多くの淫獣に手傷を負わせること──に伴う淫獣側の戦術の転換だろう、と予測している。
淫獣に戦略や戦術が理解できるのか、とも思うが、10歳程度の知能はあると言われているし、戦略自体は女、牝が考えているとすれば、こちらに合わせて戦略・戦術を柔軟に変えてくることも納得はできる。
ただ、漠然とだが、どうもそれだけではないような予感がある。根拠も何も無い、戦士としての単なる勘でしかないのだが。
淫獣の、いや、エタニア人の思惑はともかく、淫獣の集団が大きくなったことで、こちらの戦術も変更を余儀無くされている。今までの、エクスペルアーマー3騎1個小隊では、5~6体までならともかく、10体もの淫獣を相手にしては、大きな被害が出かねない。たとえ淫獣にとどめを刺すことに拘らなくとも。
しかし、エクスペルアーマーの新造も困難な状況の中、部隊の騎体数を増やして部隊数を減らすわけにもいかない。何しろ、淫獣は1集団の個体数は増えているのに、集団の数自体は大して減っていないのだから。
これは、ソーセス周辺に常駐している淫獣が減っているというよりも、エタニア大陸から新たな淫獣がやって来ているのだろう。
まさか、淫獣のすべてをウェリス大陸に移住させるつもりではあるまいな?
淫獣の増加に対応するためには戦力の増強が必須だ。わずか200騎前後のエクスペルアーマーとオシレイトブレードでしか淫獣に有効打を与えられない現状を、どうしても打開する必要がある。
そのために開発された新装備のテストが、これから行われる。
エクスペルアーマー部隊3個小隊に2人乗りの2輪ヴィークル2輌を加えた特別中隊は、偵察部隊から連絡のあった淫獣の群れに近付いている。最近では小さ目の、淫獣8体の群れだ。新装備の実験にはちょうどいい。
淫獣から20メートルほど離れた地点でヴィークルを止め、2騎のエクスペルアーマーを念のため護衛に残し、残る7騎で淫獣に吶喊する。
無理はしないように一撃離脱を繰り返し、6体の淫獣を血祭りにあげた。そこで淫獣から距離を取り、半径20メートルの円を作って淫獣を囲む。
そこからヴィークル2輌に突っ込ませる。淫獣の生き残りは逃げ道を探すように大きな頭部を左右に振っていたが、最も脆弱だと踏んだのだろう、向かって行くヴィークルを目掛けて走り出した。
ヴィークルの後席に座ったパワーグローブを装着した兵士が、フレキシブルフレームに繋がるランチャーを淫獣に向け、引き金を絞った。後続のヴィークルも。
バシュッ、バシュッと音を立てて、短いランチャーの先端からダガーが発射された。同時に、前席の兵士はヴィークルの向きを変え、淫獣に近付き過ぎないようにする。
「ピギャアアアアアアアアアアッ」
淫獣が悲鳴を上げた。続けてもう一体も。ランチャーから打ち出されたダガーは、淫獣に深々と突き刺さっている。
これが、技術部隊の開発した新装備、単分子超高速振動刃短剣だ。オシレイトブレードの先端だけを切り取ったような形状の短剣は、小さなコンデンサーを持ち、淫獣の皮膚に接触した瞬間に震動刃を出して切り裂く。
淫獣を中心に円を描くように移動するヴィークルのランチャーから伸びたワイヤーが巻き取られ、淫獣からオシレイトダガーを回収する。
「ピギィイイイイイイイッ」
もう一度悲鳴をあげて、淫獣の一体は絶命した。もう一体も虫の息だ。
2輌のヴィークルは淫獣の周囲を走り、10秒後に再度オシレイトダガーを打ち出してとどめを刺した。
オシレイトダガーの射程距離はおよそ20メートル。淫獣が伸ばす触手の射程外から攻撃を加えられるように設計されている。
一度の蓄電で刃を震動させられる時間は、ほんの数秒。淫獣に突き刺す時と引き抜く時の、一瞬だけ震動させる。
一度使ったオシレイトダガーは、ヴィークルに回収して電力を再充填する。これにはおよそ10秒かかる。電力の充填はヴィークルのバッテリーを使うため、後先を考えずに使用し続けると、淫獣を前に立ち往生することになる。
正直な話、欠点だらけの装備ではあるが、それでも無いよりは遥かにマシであることが、今回の実験で証明されたことになる。
『1対1なら、戦えそうですね』
「そうだな。それは基地に戻ってからだ。今は警戒を続けろ」
『了解』
ベルリーネの通信に相槌を打ちながらも、周囲の警戒を怠らない。今回は9騎のエクスペルアーマーが参加しているから目は多いが、油断はできない。
待つほどもなく回収班がやって来て、淫獣の遺体を回収した。
回収班を護衛しつつ、私たちは帰途に就いた。
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帰投してからのデブリーフィングで、今回の実験の総括が行われた。今日が新装備の初試験だったので、本格運用に入るまでにはまだ時間がかかる。それでも、出来るだけ早い戦力増強を望む隊員たちは、活発に意見を交わした。その意見をまとめて戦術を組み立てるのは、戦術研究班の仕事だ。
そうは言っても、だいたいのところは予想できる。
オシレイトダガーを装備したヴィークルの数が揃えば、エクスペルアーマー1個小隊に2人乗りのヴィークル2~3輌が組み入れられ、淫獣の討伐に当たることになるはずだ。
同時に運用するヴィークルの数はそう多くはできないだろう。オシレイトブレードに比べて生産は容易とはいえ、オシレイトダガーの生産にはそれなりに時間がかかる上に、運用のためには訓練期間も必要だ。
さらに、多数のオシレイトダガーを局所的に使えば、ワイヤーが絡まって身動きが取れなくなることもあり得る。使い捨てにする気になればその限りではないが、そう数を揃えられないものを使い捨てにするほどの余裕は我々にはない。
それ以前に、オシレイトブレードの技術をエタニア人たちに漏らさないように、使い捨てになどできようはずもない。
もっとも、淫獣大侵攻の折に何騎かのエクスペルアーマーと共にオシレイトブレードも何振りか失われたから、自壊させているとはいえ、すでにあちら側の手に渡っている可能性はあるが。
宿舎に帰ると、セリエスが用意してくれていた夕食を摂り、一緒に風呂に入った。シャワールームに備え付けられた簡易的な浴槽なので、ソーセス郊外に構えていた自宅に比べると狭すぎる風呂だが、2人でなら入ることもできなくはない。身体を伸ばすのは無理だが、互いの身体が密着して心地良さは格別だ。
風呂から上がったら、裸のまま同じベッドに入る。ひとしきり互いの肉体を堪能してから、2人して荒い息をついた。
「セリエス」息を整えてから、私は言った。「研究はどうだ?」
「そうですね、最近はまた淫獣の動きが変わってますね。現場に出ているハイダ様たちも気付いていると思いますけど」
「動きが変わったというと、集団の個体数が増えたことか」
「はい、そうです」
セリエスは、淫獣の生態研究のために、ドローンで撮影された映像情報を見られる立場にある。だから、基地にいたままでも淫獣の行動の変化にも気付いて不思議ではない。
「だけどそのおかげで、余計に淫獣の本来の生態から離れているようで、悩んでます。せめて、郊外でいいからソーセスの情報がもっと入るといいんですけど」
「ソーセスに近付くと撃ち落とされるからな」
「そうらしいですね。ゼロではないから、以前よりもずっといいですけど。集団になっている淫獣の情報と合わせて、行動の違いから普段の行動を予想するって方法で、淫獣の生態を探っています。成果はまだ芳しくないですけどね」
「そうか。期待してるぞ」
「えーと、頑張ります」
軍が戦術を変えつつあるように、セリエスもの研究もその方法を変えているようだ。
淫獣の侵攻からこっち、変化は劇的だったが、まだ終わっていない。私たちが南東の都市を取り戻すまで、変化し続けるだろう。
「それじゃ、そろそろ寝るか」
「その前にもう1発、いいですか?」
「まったく、セリエスは絶倫だな。もちろん、いいぞ」
「そう言うハイダ様も絶倫ですよね」
絶倫の私たちは、眠りに就く前にもうひと運動を始めた。




