045 エスタの対応
「それでは、防護壁を建設するための資材の提供すら協力いただけない、と」
「その通り、何度も繰り返しているように、我々にも余裕があるわけではないのでね」
南東の都市からの外務官の要求をすべて突っぱねた首相は、重々しく頷きました。実のところ、東の都市の都市圏全体で見れば物資は十分にあらので、ある程度ならば融通することも可能です。
けれど、首相にソーセスを支援するつもりはないようです。そして、それは議会の承認も得ています。
今までならともかく、現在の状況ではソーセスからの見返りが期待できず、淫獣とやらもエスタ都市圏までは進出して来ないことを考えれば、当然と言えます。
淫獣の危険性──男に対する強烈な殺意や、ほかの細々したこと──をソーセスの臨時政府や外務官は訴えますが、南東の都市を占拠したエタニア人たちは、そのようなことを言っていません。
エタニア人たちが都合の悪いことを隠しているのか、ソーセス臨時政府が危険を煽るために嘘を吐いているのか、現在のところ判断する十分な材料がありません。
エタニア人の主張する、雌雄の逆転現象も事実かどうか不明ですが、それを確認するためにもエタニア人に占拠された南東の都市を利用すべき、という意見が議会でも大勢を占めています。
そのため、今はソーセス臨時政府にもエタニア人にも与せず、様子を見ながら情報収集をしていくことになっています。
会談を終え、ソーセスの外務官たちにお引き取り願った後、わたくしは首相と密談です。
「例の計画の人員編成の状況は?」
『例の計画』とは、淫獣との性交の実験と、ソーセス臨時政府に対する情報収集です。
淫獣が女に齎す影響については把握しておく必要がありますので、有志を募って淫獣との性交を体験してもらう計画です。
しかし、いくら最高の快楽を得られるといっても、相手の姿がどう見ても巨大な両生類ですから、そうそう人数が集まりません。それでも、何人かを見繕うことに成功し、次の段階に進めそうです。
後者については、エタニア人が都合の悪いことを隠している可能性があるように、ソーセス臨時政府も何か重要なことを隠しているようなのです。
もちろん、それは都市間の駆け引きのためには必要なことです。エスタにしても、他の都市に隠していることはごまんとありますし。
けれど、淫獣に関しては情報を明け透けにしているように見えて、何か大事なことを隠している、そんなふうにソーセスの外務官たちから感じるのです。
それが淫獣に関することならば、エタニア人との関係を考える上で、必要な情報である可能性は高いでしょう。
軍でも情報収集を行なっていますが、軍とは別に政府としても間諜を送り込んでいます。
「性交実験については、まもなく開始できそうです。南東の都市に至るまでにソーセス臨時政府軍の敷いた警戒ラインを突破することが必要ですが、穴は多いのでそう難しくはないでしょう。
ソーセスの情報収集ですが、こちらは進展がありません。そもそも調査対象が曖昧ですので、まだ時間がかかると思われます」
「そう。南の都市からも、新しい情報は無し?」
これらの計画は、ソウトとも連携を取って行なっています。連携を取ると言っても、何しろ距離がありますので、知り得た情報の共有程度のことですが。
「まだ、何も」
「エタニア人の放送があってから日が浅いものね。引き続き、推進を頼むわね」
「はい」
密談は、短時間で終わりました。
淫獣との性交でネックとなるのは、怖気を齎す淫獣の姿が第一ですが、もう一つ、淫獣と体験した後は男との性交で絶頂を得られなくなる、ということです。
これは、ソーセス臨時政府の言葉だけで、エタニア人は触れていませんが、確認する必要があるでしょう。と言いますか、エタニア人が都合の悪いことを隠しているのか、ソーセス臨時政府が虚言を用いているのか、それを確認するために最も難易度が低い方法なのです。
まさか、男を淫獣の前に連れて行って、淫獣に弑されるかどうか確認するわけにもいきませんから。
ただ、これもソーセス臨時政府の言うことが事実だった場合、実験に参加した者の今後の性生活が困ることになります。
これについては、時間で解決するのではないかと考えていますが、確証はありません。ただ、ソーセスの外務官たちの言葉の端々から感じ取る限り、治療の方法はあるものと思われます。隠している理由は判りませんが。
それにしても、エタニア人がやって来てから、いえ、南東の都市が淫獣に堕とされてから、首相の補佐官としてのわたくしの仕事も大きく変わりました。変わったというより、新しく追加されたと言った方が正しいですね。お陰で、帰宅出来ない日も増えました。
今日は、遅くなりましたが、家に帰ることができました。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませ」
わたくしの5人の従仕が、暖かく迎えてくれます。子供も3人いますが、まだ小さいので、もう寝ています。
夕食は摂って来ましたが、従仕たちの用意してくれた軽い夜食を味わいまっした。その後は、夜のお楽しみの時間です。帰宅することのできない日も増える中、従仕たちと共に過ごす時間はかけがえのないものですから。
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意識を失った5人の従仕が横たわる巨大なベッドに腰掛けて、わたくしは情事の汗を拭いています。
自分では判らないのですが、セックス中のわたくしは性格が変わるらしいです。言葉遣いも乱暴になり、何かに憑かれたように男から精を貪るようです。このことは、学生時代に一緒にセックスした女友達から聞きました。
そんなわたくしに愛想を尽かすことなく、わたくしの性欲について来てくれる5人の従仕には、心から感謝しています。これを超える性生活は無いと言っても間違いではないでしょう。
エタニア人の聖女とやらが、淫獣との性交はわたくしたちウェリス人の女に、より強い性的快楽を与えてくれる、と主張していましたが、わたくしはそれに懐疑的です。
同様に、淫獣との性交を体験すると男で絶頂できなくなる、というソーセス臨時政府の主張も話半分で聞いています。淫獣と性交したからと言って、この5人の従仕たちと味わう快楽を忘れられるわけがありませんから。
この点だけでも、エタニア人、ソーセス臨時政府、ともに自分たちに都合のいい虚言を使っていることは間違いありません。
この件に関して、首相にも確認されたように調査の準備は整いつつあり、まもなく開始の号令をかけることになっていますが、わたくしは時間の無駄だと考えています。
しかし、わたくしの主観だけでは誰も説得することはできませんから、証明するための調査、いえ、実験は必要です。
もう一つ、淫獣が本能的に男を弑するというソーセス臨時政府の主張についても確認したいところですが、これは計画が立てられません。確認は容易ではあるのですが、それには男の命を十数人のから数十人、犠牲にする必要があります。
そのような非人道的な実験を行なったと知られれば、首相の次期の落選は確実になるでしょう。彼女がそのような危険な賭けをするとは思えません。確認する方法があればいいのですが。
これは首相も公言してはいませんが、ソーセス臨時政府の言うような危険性が淫獣になければ、エスタとしてはエタニア人のウェリス大陸進出を認め、技術交流などを行うことも視野に入れています。ソーセス臨時政府には口が裂けても言えませんが。
ソーセスの市民にしてみれば、エタニア人は侵略者ですから、撃退し、南東の都市を取り戻し、さらには被害の補填も要求するでしょう。
しかし東の都市にとっては、南東の都市を治めるのが、元のソーセス政府であろうとエタニア人であろうと大した違いは無いのです。
むしろ、未知の技術や文化を持っているであろうエタニア人が治めてくれた方が、都合がいいくらいです。
今後も、受け入れた難民の生活補償など小さな協力をソーセスに提供しつつ、エタニア人を刺激しないように、目に見える協力は適当な理由を付けて拒むことになるでしょう。
ソーセス市民には悪い気がしますが、それがエスタにとっては最善なのです。




