043 諜報活動に備えて
聖人と聖女を結び付けない、という基本方針を決めた司令は、続けてエタニア人の牝について、ソーセスに残っている諜報員から齎されたあらゆる情報を開示し、牝の行動に変化がないか意見を求めた。それで、ハイダ様やボリーさん、カルボネさんも、この席に呼んだんだね。エタニア大陸で彼女たちの生活を垣間見たのは、ボクを入れてこの四人だけだから。
そうは言っても、スカーレットたちがソーセスに入ってからまだ数日、それほど多くの情報があるわけじゃないし、エタニア大陸での牝の生活も本当に“垣間見た”程度だ。ボクはひと月くらい囚われていたから、そこそこ彼女たちの生活を見たけれど、閉じ込められていたから一般のエタニア人牝の生活はほとんど見ていない。
ボクはウーンと首を捻った。
「強いて言うなら、服装がかなり変わってますね。エタニア大陸では、ほとんど裸に布を一枚被ったような格好でしたから」
それにはハイダ様たち三人も同意した。当たり前だよね。見た目ではっきりと判ることだし。
「当然とは思いますが、ソーセスに入ったのは軍人ばかりですね。エタニア大陸では、民間人は少なくとも銃で武装したりはしていませんでした。けれど、ソーセス入りしたエタニア人はほぼ武装しているようですから。民間人に武装させた可能性もありますが、ほぼ軍人でしょう」
ボリーさんの言葉に、なるほど、とボクは頷く。言われるまで気にも止めなかったよ。
話題はエタニア人の装備へと移り、そうなるとボクには良く解らない。
「ならば、奴らにはエクスペルアーマーのような機動兵器や、オシレイトブレードのような振動刃剣もないのだな」
「はい、そう思われます。しかし、先日の戦いで……」
「ああ、解っている」
淫獣の大群に襲われた最初の侵攻で、数騎のエクスペルアーマーが失われた。それらはおそらく、ソーセスに潜り込んでいたエタニア人の諜報員や工作員により鹵獲されただろう。
「こちらの技術的優位性はない、と見るべきか」
「そうとも言いきれないかと。エクスペルアーマーはそう簡単には動かせませんし、オシレイトブレードにしても持ち出せない資料はすべて消去しましたから、コピーするにしてもすぐというわけにはいかないでしょう」
司令の言葉に参謀長が答えた。
「ふむ。しかし、数的優位があちらにある以上、技術的優位がこちらにある内に、ソーセスを奪還する必要があるな。その計画は別に立てるとして、ほかに気付いたことはないか」
ボクはほとんど置き物になっていたけれど、ハイダ様たちはそれぞれに意見を出した。あれだけの映像から良くそれだけ気がつくなぁ、とボクが感心するくらいに。軍人としての訓練の賜物かも知れない。
思いつく情報を出し尽くして、この場は解散となった時、司令は改めてここでのことは口外無用の旨を告げ、さらにボクに向き直った。
「セリエスには、今後はこの基地の敷地内から出ることのないように」
「え」
多分、ボクはとんでもなく間の抜けた顔をしていたと思う。
「今まで、聖人の存在は公表してきたが、セリエスの名前や姿は隠していた。しかし、エタニア人の電波ジャックで広められてしまったからな。セリエスが表に出たら何が起こるか判らない。極端な話、淫獣との性交に溺れた女がエタニア人に命じられてセリエスを誘拐することすら考えられる。
危険を少しでも減らすために、基地の敷地内からは出ず、外への連絡も行わないように」
つまりは、ボクはここから出ることなく、アルクスたちと連絡を取ることもできない、と。抗議したいけれど、ボクの安全を確保するための措置だと解るから、文句も言えない。「解りました……」と返事するしかなかった。
まあ、ハイダ様にお願いすればアルクスたちとも連絡できるし、何よりハイダ様と一緒に暮らせるのだから、これくらいの我慢は仕方がない。誰とも連絡できずにひと月も隠れて生活していたことに比べれば、ずっとマシだ。
こうして、ボクはまたしても、閉じ籠り生活をすることになった。閉じ籠る場所が街から基地に変わったけれど。
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翌日には、ソーセス暫定政府──ソーセスを占拠したエタニア人ではなく、ソーセスを脱出した政府関係者たちの政府──から、ソーセスへの立入禁止令が発行された。
淫獣が男に出会うと本能的に殺しに来ることは、特に念を入れて通達された。エタニア人の目的が『ウェリス人とエタニア人の雌雄交換』であることを考えると、淫獣たちに男を害さないよう言い聞かせているとは思うけれど、淫獣の理性で本能をどれほど抑えられるかは不明だし。
それに、そう脅しておけば、少なくともソーセスを訪れようと考える男の数を減らせるだろう、という皮算用もあったみたい。
他の都市に向けては、ソーセス侵略軍──エタニア人をこう呼称した──による放送の内容は、確認されたことではないので鵜呑みにしないように、ということも付け加えられたらしい。
スカーレットの言葉を否定する材料はまだないけれど、さりとて肯定する材料もない。本来なら女と番になるのは男ではなく淫獣だ、などという俄かには信じがたい言葉でも、ああも自信を持って発言されたら証拠がなくても信じてしまう人はいる。
暫定政府の勧告は、それに楔を打った形だ。効果のほどは判らないけれど。
ソーセス暫定政府には、元のソーセス政府の首相、副首相、各大臣や官僚で構成されているのだそう。
淫獣に都市が襲われた時、首相は副首相と外相をエスタとソウトへの使者として送り出し、自らはソーセスに残ろうとしたんだけど、他の大臣や官僚によって無理矢理に都市の外へと脱出させられたのだとか。
他の人を逃しても自分は最後に残ろうとし、しかも部下が無理にも生き延びさせようとする辺り、他人を率いる人としてできた人なんだろう。ボクは聖人として認定されてから数度会っただけなので、人柄とかは良く知らないけれど。
そんな注意喚起をしたところで、ソーセスに入ろうとする人は入っちゃうんだろうな。軍が非常線を張ったとしても、1000キロにも及ぶ長大なラインを完全に監視するなんて不可能だろうし。
そんな人が増えたら、ソーセスが『女と淫獣の共生する都市』として定着してしまう。暫定政府としても軍としても、それは容認できないだろう。
そんな中、ボクは淫獣の生態研究を加速させた……のだけれど、それだけとはならなかった。暫定政府の注意喚起が成されたその日のうちに、ボクはもう一度呼び出されたから。
「ソーセスに、より大規模に諜報員を送り込むことになった。ついては、セリエスにはその協力をお願いしたい」
「それは構いませんが……諜報活動でボクにできることってあります?」
何しろボクは一般的な男、女と比べたら体力も持久力も劣るし、潜入したとしても役に立てるとは思えない。
けれど当然、軍もボクに諜報員としての能力など求めていなかった。
「セリエスにお願いしたいのは、送り込む諜報員との事前のセックスよ」
同席しているヘルミナさんが説明した。
「潜入する諜報員とのセックス、ですか」
「そうよ。聖人との事前の性行為が、淫獣との性行為で男では満足できなくなる症状を緩和できるんじゃないかと思って」
ヘルミナさんの言葉にボクは首を傾げる。
「ハイダ様はボクとヤりまくっていましたけど」
ハイダ様は仕事の関係上、毎日帰宅するわけではなかったけれど、ボクが従仕として仕えるようになってから、普段は2日に1日はセックスしていた。長期任務に就くときはその限りではないのは当然だけれど。
それなのに、ハイダ様は任務中に遭遇した淫獣に犯されて、忌わしい淫獣の仔を身籠った。その、仔というか卵を流すために、ボクとのセックスが事後に必要になった。
「ええ。けれどそれは、妊娠を防ぐことは無理だと証明されたに過ぎない。ハイダがあの時、セリエス以外の従仕とヤっていた場合、感じられたかどうかは未確認なのよ」
えーっと、そうか、あの時はハイダ様の妊娠が確認させるのを待って、聖人の力で流せないか確認したんだっけ。むしろボクが半ばごり押しして、ハイダ様とのセックスに臨んでいた。
「もちろん、諜報員は自ら淫獣と交わるようなことはないが、襲われる可能性もあれば、任務の都合上、望まずともそうせざるを得ない場合もある。それに対する保険だ。ないと信じているが、淫獣との行為に溺れてあちら側に寝返る可能性もゼロとは言い切れない」
司令が真剣な目で言った。
「聖人と予め性行為をすることで、淫獣に溺れないかどうかは不透明だけれど、やっておけることは何でもやっておこう、というくらいだから、無理にとは言わないけれど、できれば、いえ、是非にもシて欲しいわね」
ヘルミナさんが目を煌めかせて言った。
うーん、この人、司令と違って、ボクとセックスした諜報員が淫獣と致してしまうことを望んでいないかな? 聖人のデータ欲しさに。目が研究者の目だ。
未だに、ハイダ様以外の女との性行為は心理的な抵抗があるけれど、そういう理由があるのなら、諜報員たちとセックスするのも吝かではない。と言うか、聖人としての仕事として割り切ろう。
「そういうことなら、解りました」
ボクは頷いた。
その日の午後には、ボクは初対面の女とまぐわうことになった。




